抵当権設定(物上保証)と特別受益

父(A)の相続人は私(X)と弟(Y)です。父は遺言を残していましたが、その内容が私の遺留分を侵害するものと考え、現在、遺留分減殺請求の裁判中です。私は、父の生前、父が所有する土地を借りてマンションを建てましたが、その建築資金を金融機関から借りる際、父の土地に抵当権を設定してもらいました。弟はこのような抵当権設定は特別受益にあたると主張しています。どのように考えるべきでしょうか(東京地裁平成22年2月4日判決を題材とした事例)。

抵当権設定と特別受益

特別受益と抵当権設定の利益

特別受益は、被相続人の次のような行為がある場合に、各相続人の具体的相続分の調整を行う制度として民法に規定されています。

  • (1)遺贈
  • (2)婚姻若しくは養子縁組のため、若しくは生計の資本としての贈与

では、厳密にはこれらの場合にあたらないけれども、実質的にはこれに近い状況があるとき、特別受益の制度が適用されることはないでしょうか。

今回の相談例では、生前の被相続人がX氏のために物上保証(抵当権設定)したことが、特別受益にあたるというのがY氏の主張です(なお、特別受益は、遺産分割における各相続人の具体的相続分算定はもちろん、遺留分減殺請求事件における遺留分額や遺留分侵害額の算定にも影響します。)。このような主張が認められるでしょうか。

東京地方裁判所平成22年2月4日判決の考え方

これと同様の主張がなされた東京地方裁判所平成22年2月4日判決の事案で、裁判所は、次のように述べて、被相続人による抵当権の設定行為が特別受益に該当すると判断しました。

「Aからの原告に対する物上保証が特別受益に該当するのか、また、その評価額について検討するに、被相続人から相続人への物上保証の設定は、贈与に準じて特別受益に該当すると解するのが相当である。そして,前認定のとおり,1(1)の土地に設定されている抵当権の被担保債権額は,6350万円であり,これは,1(1)の土地の評価額5212万9340円を超えているのであるから,原告は,1(1)の土地の価値を上限として,被担保債権額につき,被相続人から特別受益を受けたものと解するのが相当である」

このように、上記判決は、抵当権設定が贈与に準じるものとして、抵当権設定の特別受益該当性を肯定した上で、土地の評価額を上限とした被担保債権額について特別受益を受けたものであるとしています。

弁護士のコメント

特別受益の制度趣旨は、相続財産の先取りをしたと評価できる相続人の相続割合を減らすことによって、相続人間の具体的な公平を図ろうというものです。このことからすると、民法903条1項に規定された遺贈や贈与に準じる被相続人の行為があった場合にも特別受益の制度を適用するという判断自体は、妥当かつ一般的なものと思われます。

他方で、今回のように被相続人が特定の相続人の債務を被担保債権とする抵当権を設定した場合、これが直ちに贈与に準じるものと言えるかは、賛否両論あり得る部分でしょう。不動産の担保価値が被担保債権の債務者に移転したとみることができる一方で、被担保債権の債務者は、その全額について抵当権者(金融機関)に対する返済義務を負っているからです。なお、上記の裁判例は物上保証が贈与と同視できる実質的な理由は明確にしていないようです。

また、仮に被相続人の物上保証を特別受益と考えるとして、その評価額をどう考えるかというのも難解な問題です。上記裁判例では、(不動産の評価額を上限とした)抵当権設定当時の被担保債権額を特別受益額とみているようですが、例えば抵当権設定を受けたのがかなり昔で、相続開始時には9割方返済が済んでいたような事案でも同様のことが言えるかどうかは、検討の余地がありそうです。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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