誰が支払いを負担する?遺留分侵害額請求の相手方・請求先

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遺留分侵害額請求を行うにあたり、被相続人が複数の人に対して遺贈や生前贈与を行っており、複数の受遺者や受贈者がいる場合があります。このようなとき、遺留分権利者は、誰を相手方(請求先)として遺留分侵害額請求通知を出すべきでしょうか。これは、複数いる受遺者や受贈者のうちの、誰が遺留分侵害額を負担するか(誰が遺留分義務者となるか)という問題でもあります。

遺留分侵害額請求においては、誤った相手方に通知を送付しても侵害額請求の効力は発生しません。正しい相手方に対して請求を行わずに権利行使期間を過ぎてしまうと、遺留分権利者が遺留分を回復できないという事態も起こり得ます。このような意味で、遺留分侵害額請求を行う方は、正しい請求先に遺留分侵害額請求を行う必要があります。

他方、遺留分侵害額請求をされた方としても、民法のルールに照らしあなたが本当にその遺留分侵害額を負担しなくてはならないのかを確認することで、本来支払う必要のない遺留分侵害額の負担を回避することが可能となるでしょう。

そこで、今回は、遺留分侵害額請求に関する相手方を誰にすべきかについて、いくつかの想定事例をもとに、民法が定める基本ルールを弁護士が解説します。

受遺者・受贈者とは?

まずは基本的な用語の説明をしておきましょう。

民法では、一般に、被相続人の贈与によって財産を取得した人のことを「受贈者」、被相続人の遺言によって財産を取得した人のことを「受遺者」と呼びます。

  1. 受贈者:贈与によって財産を取得した人
  2. 受遺者:遺言による遺贈によって財産を取得した人

ただし、遺留分侵害額の負担者が誰かを決める場面では、民法1047条がこれらの単語の意味を以下のように修正しています。

  1. 受贈者:贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。)によって財産を取得した人
  2. 受遺者:遺言による遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。)によって財産を取得した人

やや難しいかもしれませんが、ここでは、

  1. 遺留分算定に関係のない贈与は無視する
  2. 遺言によって相続人が財産を取得する場合もここでは遺贈と同視する

という程度に理解しておいてください。

(受遺者又は受贈者の負担額)
第千四十七条 受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。
二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。
(以下略)

引用元:e-Gov法令検索

遺贈と贈与がある場合の遺留分侵害額請求

想定事例

  1. 死亡の6ヶ月前:A氏に対する株式の生前贈与
  2. 相続開始時:遺言によりB氏に対し不動産を遺贈

遺贈vs贈与

受遺者が先に侵害額を負担する

贈与と遺贈が併存する場合の負担者の順序については、受遺者を優先するという規定があります(民法1047条1項1号)

相続開始時点からみて生前贈与よりも新しく、実効性が高い上に侵害額請求の相手方の不利益も少なくなりやすいため、遺留分権利者の保護や法律関係の安定の調和の観点からこのような規定が設けられたと考えられています。

民法1047条1項1号

  • 一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。

この規定により、遺贈と贈与が併存する場合の遺留分権利者としては、まず受遺者に侵害額請求を行い、遺留分侵害額が未だ残っている場合に受贈者に対して侵害額請求をするということになります。想定事例でいえば、まずB氏への遺贈を減殺し、それでも遺留分の保全に足りない場合にのみA氏に対する減殺請求が可能となります。

なお、この規定は、被相続人の意思によっても変更することのできない強行規定であるとする見解が一般的です。

死因贈与の取り扱いは?

なお、想定事例と異なり、A氏に対する贈与が死因贈与であった場合にはどのように考えれば良いでしょうか。民法1047条には、死因贈与の取り扱いを定めた明文の規定はありません。

この問題については、民法554条が「贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する。」と規定していることから、学説の中には、死因贈与は遺贈と同視して取り扱うべきとする考え方もあります。

しかし、遺贈と死因贈与は異なるものと考え、遺贈と死因贈与がある場合には、遺贈の受遺者がまず侵害額を負担すべきとする解釈が有力です。平成30年相続法改正前の事案ですが、同様の解釈を示した裁判例もあります。

遺贈が複数ある場合の遺留分侵害額請求

想定事例

  1. 相続開始時:A氏に対し3000万円相当の株式を遺贈
  2. 相続開始時:B氏に対し2000万円相当の不動産を遺贈

※A氏及びB氏は共同相続人でない

遺贈vs遺贈

遺贈価額の割合で按分して全員が負担(原則)

複数の受遺者が併存する事案(及び同時点での贈与の受贈者が併存する事案)での遺留分侵害額請求については、民法1047条1項2号が以下のような規定を置いています。

民法1047条1項2号

  • 二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。

したがって、複数の遺贈がある場合の遺留分権利者は、原則として、受遺者全員を相手方にし、遺贈の目的の価額に応じて按分した遺留分侵害額請求を行うことになります。想定事例でいえば、遺留分侵害額が仮に1000万円である場合、A氏に対し600万円、B氏に対し400万円の遺留分侵害額請求が可能となります。

受遺者が共同相続人である場合

なお、想定事例と異なり、複数の遺贈があるがそれが共同相続人に対する者である場合については、遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分を超える部分のみが、按分計算の基礎となる遺贈の目的の価額となります(民法1047条1項柱書)。これはつまり、自分の遺留分の範囲内でしか遺産を取得していない相続人については、他の遺留分権利者に対する遺留分侵害額の負担者とはならないということでもあります。

遺言者による別段の意思表示があるとき(例外)

民法1047条1項2号本文の規定は、通常の遺言者の意思を前提として定められたものであるため、遺言に別段の意思表示がなされている場合には、その意思にしたがうものとされています(同号但書)。

したがって、例えば、遺留分侵害額が1000万円で、遺言にA氏への侵害額請求を先行させる旨の意思表示が認められるときは、A氏に対し1000万円分の遺留分侵害額請求をなすべきこととなります。

贈与が複数ある場合の遺留分侵害額請求

想定事例

  1. 死亡6ヶ月前:A氏に対し3000万円相当の株式を生前贈与
  2. 死亡2ヶ月前:B氏に対し2000万円相当の不動産を生前贈与

贈与vs贈与

新しい贈与の受贈者から順次負担

複数の生前贈与が併存する場合の順序については、民法1047条1項3号が、「後の贈与」すなわち時間的に最も新しい贈与の受贈者がまず侵害額を負担し、それでも侵害額の取り戻しに足りない場合に、順次、古い贈与の受贈者が侵害額を負担するという規定をおいています。古い贈与の方が侵害額請求の対象となった場合に生じる影響が大きいことなどが、その根拠であると考えられます。

民法1047条1項3号

  • 三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。

したがって、複数の贈与が併存する場合の遺留分権利者としては、まず相続開始時に最も近い贈与の受贈者に侵害額請求を行い、遺留分侵害額が未だ残っている場合には順に古い贈与の受贈者に残りの侵害額分を請求すべきことになります。想定事例でいえば、まずB氏への侵害額請求を行い。それでも遺留分の保全に足りない場合にのみA氏に対する侵害額請求が可能となります。

まとめ

以上、遺留分侵害額請求の順序に関する民法の基本ルールをまとめました。

遺留分侵害額の負担者の判断は、遺留分侵害額がいくらかを計算すること以上に複雑な計算が必要となり、弁護士であっても誤った理解をしていることが少なくない領域です。

この記事をお読みいただき、弁護士に直接、遺留分侵害額請求について相談をしたいとお考えの方は、当事務所の初回無料法律相談をご検討ください。遺留分に強い弁護士が、あなたの具体的案事案に即した助言をご提供します。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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