相続人による社団医療法人出資持分の払戻請求

社団医療法人出資持分の払戻請求とは

先日、病院経営をしていた父が亡くなりました。相続人は私のみです。父は30年前に仲間の医師と共同で出資して社団医療法人を設立し、法人の理事として病院運営をしてきました。しかし、相続人の私は医師でもなく病院経営にも関与していません。相続税の納税資金対策もあるため、父の医療法人に対する出資持分の払戻しを実現したいのですが可能でしょうか。

社団医療法人と出資持分

医療法人の類型

医療法人は、医療法という法律に基づき、病院や診療所、又は介護老人保健施設を開設することを目的として設立される法人です。

医療法人には、人の集まりに法人格が認められる社団医療法人と、財産の集まりに法人格が認められる財団医療法人がありますが、日本における医療法人は、そのほとんどが社団医療法人となっています。

そして、社団医療法人は、次に述べる出資持分に関する定款上の規定の有無の観点から、出資持分のある医療法人と、出資持分のない医療法人に分類することができます。

出資持分とは

医療法人の出資持分とは、社団医療法人に出資した者が、当該法人の資産に対して、その出資額に応じて有している財産権のことです。

出資持分は財産権の一種ですので、これを相続する場合には相続税の対象となります。また、定款に反しない限り、出資持分を譲渡することもできます。

こうしてみると、イメージとしては株式会社における株式に近いようにもみえますが、医療法人の場合、剰余金配当が禁止される点や、出資持分権者が必ず社員総会における議決権を得られるというわけではないなど相違点もあります。

相続人による出資持分払戻請求の可否

出資持分払戻請求権の根拠

出資持分の払戻請求権は、出資者が医療法人に対し、自身の出資持分について財産の払い戻しを請求できる権利です。このような権利は、どのような法的根拠に基づき認められるのでしょうか。

この点、社団医療法人の根拠法令である医療法*には、出資持分の払戻請求権に関する具体的な定めはありません。したがって、出資持分の払戻請求権は、社団医療法人に出資(財産の提供)をしたからといって当然に発生する権利ではないということになります。

もっとも、出資持分の払戻請求権については、医療法の規定に反しない限りで、社団医療法人の定款(当該法人の基本ルールを定めた規定)で定めることができます。したがって、出資持分の払戻請求権は、医療法人の定款に規定がある限り、これを根拠として認められる権利ということになります。

*第5次医療法改正

平成18年法律第84号による改正医療法によって、社団医療法人を新規で設立する場合には、出資持分のない医療法人しか認められないことになりました。これに伴い、上記改正医療法の施行日である平成19年4月1日以降は、出資持分のある社団医療法人は設立することができなくなりました。そのため、平成19年4月1日以降に設立された社団医療法人に対して出資をしても、出資持分の払戻請求権が発生する余地はありません。出資持分がない以上、その払戻しを観念できないためです。

これに対し、平成19年3月31日までに設立された既存の出資持分のある社団医療法人については、当分の間存続する旨の経過措置がとられています(このような社団医療法人を「経過措置型医療法人」と呼んだりします。)。そのため、定款に出資持分の払戻請求権の規定を設けている経過措置型医療法人に対しては、平成19年4月1日以降も、定款の規定に基づき、出資持分の払戻請求権を行使できます。

相続人が出資持分の払戻請求権を行使するための要件

前述のとおり、相続人が被相続人が有していた出資持分の払戻請求権を行使するためには、当該医療法人の定款において、出資持分の払戻請求権が定められている必要があります。この意味で、相続人による出資持分の払戻請求の可否やその要件は、結局のところ、個々の医療法人の定款の規定の内容次第ということになるわけです。

もっとも、旧厚生省はかつて、持分の定めのある社団医療法人のモデル定款を作成し、公表していました。そして、行政の指導もあり、多くの社団医療法人はこのモデル定款を参考にしながら定款を作成しています。このため、既存の出資持分の定めのある社団医療法人では、このモデル定款の内容に準じた払戻請求の要件が定められている例が多いのです。

そこで、旧厚生省のモデル定款をみておきましょう。このモデル定款には、出資持分の払戻に関し、

  • 第6条
  • 本社団の社員になろうとする者は、社員総会の承認を得なければならない。
  • 第7条1項
  • 社員は、次に掲げる理由によりその資格を失う。
    • (1)除名
    • (2)死亡
    • (3)退社
  • 第9条
  • 社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。

といった規定が置かれています。

したがって、上記モデル定款の例によれば、被相続人において

  1. 当該社団医療法人に対して出資をしたこと(出資持分を有していたこと)
  2. 当該社団医療法人の社員資格を有していたこと
  3. 社員資格を喪失したこと

が相続人による出資持分の払戻請求のために必要な事情ということになるでしょう。

出資持分の払戻金額

では、相続人が社団医療法人に対して出資持分の払戻請求権を行使できる場合、具体的にどの程度の金額を請求することができるのでしょうか。この金額算定にあたっては、まず次の2つの基本論点を理解をしておく必要があります。

「出資額に応じて」の解釈

まず第1の論点は、上記モデル定款では「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」と規定されていますが、この「その出資額に応じて」というの文言をどのように解釈すべきかという問題です。

この点、最高裁平成22年4月8日判決の事案では、社団医療法人の定款にあった「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる」旨の規定の解釈が争われました。

そして、同判決は、同医療法人の定款に「当該法人の解散時には、その残余財産を払込出資額に応じて分配する」旨の規定(モデル定款にも同趣旨の規定があります)があることに着目して、出資持分の払戻しに関する前記規定についても、「出資した社員は、社員資格を喪失した時に、当該法人に対し、同時点における当該法人の財産の評価額に、同時点における総資産額中の当該社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の払い戻しを請求することができることを規定したものである」との解釈を示しています。

途中で加入した社員の出資持分の割合

第2の論点としては、出資が医療法人の設立時でなく、設立後一定時期が経過した後のものであった場合にどのような計算をすべきかという問題があります。例えば、同じ1000万円を出資したとしても、設立当時に出資した場合と、設立10年後に出資した場合とで同じ払戻額になるのかという問題があります。

この点については、東京高裁平成7年6月14日判決が、「出資時期を異にする社員間の公平を図るため、社団医療法人の設立後に出資して入会した社員の退会に伴う出資持分の払戻額は、当該出資時における法人の資産総額に当該社員の払込済出資額を加えた額に対する当該出資額の割合を、退会時における法人の資産総額に乗じて算定すべき」との見解を示しました。

上記見解は、設立時社員の絶え間ない努力によって多額の資産が築かれたにもかかわらず、出資持分の払戻金額を算定する際に、途中入会した社員と設立時社員とを同等に扱ったのでは設立時社員にとって酷な結果となるため、両者の出資持分の割合に差を設けることにより、社員間の公平を図ろうとしたものと考えられます。

具体的な計算例1(被相続人が設立当初からの社員である場合)

上記各判決を一読しただけで内容を理解するのは簡単ではありませんので、次に、具体例を踏まえ、実際に出資持分の払戻金額を計算してみましょう。

<想定例>

  1. 被相続人は、友人である甲野太郎、乙野次郎とそれぞれが500万円ずつ出資し、社団医療法人を設立
  2. 医療法人の定款は、旧厚生省のモデル定款に準じた内容となっている
  3. その後、医療法人は、順調に成長を続けたが、設立20周年を迎えた年に、被相続人が突然死亡
  4. 医療法人の出資持分を有する社員は、被相続人、甲野太郎及び乙野次郎の3名のみ
  5. 被相続人が死亡した当時の医療法人の財産の評価額は6億円

この場合、相続人が当該法人に対して払い戻しを請求できる出資持分の払戻金額はいくらでしょうか。

<計算の手順>

  • 財産の評価額の算定
  • まずは、被相続人が死亡した時点における当該法人の財産の評価額を算定します。上記事例では、6億円でした。

  • 出資持分の割合の算定
  • 次に、被相続人の出資持分の割合を算定します。上記事例では、当該法人に出資持分を有する社員は、被相続人(出資額500万円)、甲野太郎(出資額500万円)、乙野次郎(出資額500万円)の3名ですので、被相続人の出資持分の割合は、3分の1となります。

  • 払戻額の算定
  • 最後に、医療法人の財産評価額に、払戻対象となる出資持分の割合を乗じることにより、払戻金額を算出します。したがって、上記事例では、6億円×3分の1=2億円が相続人から払い戻しを請求できる金額ということになります。

具体的な計算例2(被相続人が途中で出資した社員の場合)

次に、被相続人が医療法人の設立後、運営途中で出資を行った社員である場合の払戻金額を実際に計算してみましょう。

<想定例>

  1. 被相続人の友人である甲野太郎と乙野次郎はそれぞれ500万円ずつを出資し、社団医療法人を設立
  2. 医療法人の定款は、旧厚生省のモデル定款に準じた内容となっている
  3. その後、当該法人は順調に成長を続け、設立後10年目には医療法人の資産総額は2億5000万円となった
  4. その時点で、被相続人は、5000万円を出資
  5. 医療法人は、その後も成長を続けたが、設立20周年を迎えた年に被相続人が突然死亡
  6. 医療法人の出資持分を有する社員は、被相続人、甲野太郎及び乙野次郎の3名のみ
  7. 被相続人の死亡した時点の当該法人の資産総額は6億円

この場合、相続人が当該医療法人に対して払い戻しを請求できる出資持分の払戻金額はいくらでしょうか。

<計算の手順>

  • 出資当時の資産総額に出資額を合算
  • まず、被相続人が出資した時点の当該法人の資産総額に、被相続人の出資金額を合算します。上記事例では、被相続人が出資した時点の当該法人の資産総額である2億5000万円ですので、これに被相続人の出資額である5000万円を合算すると3億円となります。

  • 出資割合の算定
  • 次に、上記1で算出した金額に対する被相続人の出資額の割合を算出します。具体的には、5000万円(被相続人の出資額)÷3億円(上記1の合算金額)=1/6となります。

  • 払戻額の算定
  • 最後に、上記2で算出した被相続人の出資額の割合を、被相続人が死亡した時点における当該法人の資産総額(6億円)に乗じることによって、被相続人の出資持分の払戻金額を算出します。具体的には、6億円×1/6=1億円となります。したがって、上記事例において相続人が払い戻しを請求できる金額は1億円となります。

    権利濫用による制限

    以上にみた相続人による出資持分の払戻請求権ですが、その行使が権利濫用として制限されることがあり得る点には注意が必要です。

    この点、相続人から出資持分の払戻請求権を行使された場合、その払戻が医療法人の経営を圧迫することがあります。しかし、このような事態は、社団医療法人の公益性の観点などからは決して好ましいものではありません。そこで、こうした事態を避けるため、一定の事情のもとでは、医療法人に対する出資持分の払戻請求は権利濫用となる場合があるものと解されています。

    これに関し、前述の平成22年最高裁判決も、「出資金払戻請求権の額、当該法人の財産の変動経緯とその過程においてCらの果たした役割、当該法人の公益性・公共性の観点等から、出資持分の払戻請求権の行使は権利の濫用に当たり、許されないことがあり得る」との判示をしています。

    もっとも、権利濫用という一般条項の適用によって払戻請求が否定されるケースはあくまで例外的な場合ですので、払戻請求を行う側としては、請求額を減額することや一定期間の分割払いの調整をすることなどで、その権利行使が権利濫用となることを回避する対応策があり得るでしょう。

    まとめ

    これまで、社団医療法人の出資社員が死亡した場合における相続人からの出資持分の払戻請求について解説しました。本記事が、遺産相続に際し、医療法人の出資持分の払戻請求をお考えの相続人の方のお役に立てば幸いです。

    なお、相続人からの出資持分の払戻請求権の行使に関しては、その他にもトラブルを回避するために注意すべき点が複数ございます。当事務所はご相談者様の立場に立ち誠意をもって対応させていただきますので、ご不明な点ご質問等がござましたら、当事務所にお気軽にご相談ください。

    (弁護士 村山貴信、弁護士 宮嶋太郎)

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