遺産分割成立後に遺言書を発見!過去の遺産分割はどうなる?

半年前に父Aが亡くなりました。相続人は、兄(B)・姉(C)・私(D)になります。遺産分割協議を行いましたが、兄と姉が強引に話を進めてしまい、私は僅かの田畑を取得するという不本意な内容となってしまいました。ところが、その後、父の遺品を整理していると、私に全財産を譲るという内容の自筆証書遺言が見つかりました。この場合、遺産分割の取消しや無効を主張できますか。

遺産分割協議成立後の遺言書発見

遺言書が先に見つかっていれば、遺産分割は本来不要であった

被相続人が自筆証書遺言を作成していた場合、その事実を誰にも告げずに亡くなってしまうと、相続人が遺言書の存在に気づかないまま遺産分割協議を成立させてしまうということが起こりえます。

しかし、遺言については、原則として被相続人の死亡によってその効力が発生します。つまり、自筆証書遺言が作成されていると、相続人がその存在を認識したか否かにかかわらず、法的には、被相続人が死亡した時点で、遺言の内容に従った権利関係の変動が生ずることになるわけです。

そうすると、今回の相談のように、遺産の全部を特定の相続人に相続させるという遺言がある場合、遺言によって遺産の取得者は決まっており、本来、遺産分割は不要であったということになります。(但し、遺留分侵害の問題は残ります。)。

遺言書の内容と異なる遺産分割も可能

他方で、相続人の全員が合意する限り、原則として、共同相続人は遺言と異なる内容の遺産分割協議を成立させることができます(但し、遺言執行者がおり、遺言と異なる内容の遺産分割に反対している場合には争いがあります。)。

これは、故人の意思である遺言の内容は最大限尊重されるべきですが、遺言作成時と相続開始後では状況が異なる場合もあり、関係者の全員が合意している場合にまで遺言内容の拘束力を認めると、柔軟な遺産相続が困難となるためです。

こうした観点からすると、相談者のケースでも、BCD間で行われた遺産分割はもはや無効とは言えないようにも思えます。

要素の錯誤による遺産分割取消しの可能性

しかし、今回のケースで相談者Bさんは、遺産分割協議成立の時点で、遺言書の存在自体を認識していませんでした。この点からすると、Bさんは遺産分割協議に要素の錯誤があったという理由で、遺産分割の取り消しを主張できる可能性があるでしょう。

要素の錯誤とは

要素の錯誤とは、簡単に言えば、意思表示に際しその重要な部分について真意と異なる表示がなされた場合に、その意思表示を取り消すことができる制度です。

(錯誤)
第九十五条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

引用元:e-Gov法令検索

遺産分割協議も相続人の意思表示によって成立する法律行為ですので、相続人に要素の錯誤が認められる場合、原則としてその遺産分割は取消し得る※1ものとなるわけです。

※1 平成29年の民法改正により、錯誤の効果は「無効」から「取消し」に変更されました。そして、錯誤により意思表示をした人に与えられる取消権には、追認をすることができる時から5年(行為のときから20年)で行使できなくなるという期間制限が設けられています。なお、同改正法の施行(2020年4月1日)より前に成立した遺産分割協議については、改正前のルールが適用されることになります。

認識していなかった遺言書と遺産分割における錯誤

そして、今回のケースのように、遺産分割に参加した相続人が自己に極めて有利な遺言書の存在を全く知らず、もし遺言の内容を知っていれば遺産分割の合意をしなかったであろうといえるときには、遺産分割に要素の錯誤ありとして、錯誤による取消しの主張が認められる可能性はあると考えられます。

もっとも、遺言書の存在を認識していなければ必ず錯誤が認められるというものでないことには注意が必要です。例えば、遺産分割の内容が遺言書の内容と大差ないなど、遺言の内容を知っていたとしても遺産分割の成否に影響がなかったであろうと考えられる場合には、錯誤による取消しの主張は否定される可能性が高いでしょう。

遺産分割協議後に発見された遺言書を根拠に遺産分割協議の錯誤が争われた判例(最高裁第1小法廷平成5年12月16日判決)

  1. 父は、自分の死後に遺産の土地を分ける方法を遺言書に書いた。しかし、父の死後、相続人(母と長男・次男・三男・四男)はその遺言書を見つけられなかった。
  2. そのため、父の相続人は、上記土地をすべて母が単独取得する遺産分割協議を行った。
  3. その後、母が、長男に上記土地を相続させるとの遺言を作成。
  4. 母が死亡したため、長男が土地を長男の名義に変更。
  5. その後、三男が父の遺言書を発見し、遺産分割協議の無効を求める訴訟が起こされた。

このような事案で、判決は、結論として、遺産分割について要素の錯誤がないとはいえないという判断(=錯誤があるかを再度審理するため高等裁判所に差し戻す)をしました。その理由部分では、相続人は遺言の存在を知っていればその内容をできる限り尊重するはずであるという一般論に加え、遺言と遺産分割の内容の差が大きいことや、遺言の内容が明瞭であったことなどが重視されています。

遺産分割協議の相手方が遺言書を隠していた場合

このほか、一部の相続人が自己に不利な遺言書を隠匿していたため、他の相続人がそれを知らずに遺産分割協議を成立させてしまった場合には、錯誤以外の理由でも遺産分割の無効を主張できる可能性があります。

すなわち、相続人が相続上有利な地位を得ることを目的として、自己に不利な被相続人の遺言を隠匿していたときは、民法891条5号の定める相続欠格事由に該当し、その相続人は相続資格を失うことになります。

(相続人の欠格事由)
第八百九十一条 次に掲げる者は、相続人となることができない。
一 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者
二 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない。
三 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
四 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者
五 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者

引用元:e-Gov法令検索

そうすると、遺言書を隠匿した相続人を含めて成立させた遺産分割協議は、相続欠格者が参加した遺産分割として無効となるわけです。

なお、こうした場合、欠格者以外の相続人は、改めて遺産分割協議を行うことになります(但し、今回の相談のように、全財産を特定の者に相続させるという遺言がある場合は遺産分割の必要は生じません。)。

遺産分割の無効を主張された場合の対応方法

以上とは逆に、遺産分割成立後に遺言書が新たに見つかったとして、他の相続人から遺産分割の無効を主張された場合にはどのような対応をすべきでしょうか。

遺言書の真偽を確認

まずは、遺産分割成立後に発見されたとする遺言書が、本当に被相続人の作成したものであるかどうかを確認する必要があります。遺産分割の内容に不服のある他の相続人が、遺言書を偽造するということが考えられなくもないためです。

遺言書を発見したという相続人に対し、遺言書の保管場所や発見の経緯などを、詳しく確認するとよいでしょう。

遺言書の存在を知っていた場合・重過失がある場合

発見された遺言書が、本当に被相続人が作成した有効なものであったとしても、それだけで当然に遺産分割についての錯誤の主張が認められるわけではありません。

次のような事情が存在する場合には、相手方の錯誤の主張を制限できる可能性がありますので、この点を検討してみるとよいでしょう。

  1. 相手方が遺産分割の成立前から遺言書の内容を知っていた(「遺言書は敢えて持ち出さない」という相続人は少なくありません。)
  2. 遺言書の内容と成立した遺産分割協議の内容に大差がない(遺言書の存在を知っていればその遺産分割が成立しなかったとまではいえない)
  3. 遺産分割の無効を主張する相続人が遺言書の存在を容易に知り得たはずであるのに、重大な過失によって遺言書の存在を見落としていた

まとめ

遺産分割の成立後に遺言書が発見されるというのは、珍しい事例であることは確かですが、絶対にないとは言い切れないケースです。

いずれにせよ、あなた自身が遺産分割成立後に新たに遺言書を発見した場合や、相続人の一部から見つかった遺言書を理由に遺産分割の取消しを主張されたような場合には、いち早く弁護士に相談し、その後の対応を検討されることをお勧めします。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

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