遺産分割と配偶者居住権

日本は急速に進む高齢化社会に直面しています。平均寿命の延長に伴い、相続問題はますます複雑化してきました。特に、配偶者が亡くなった後の居住の安定は、遺された家族にとって重要な問題です。この記事では、「配偶者居住権」と「短期配偶者居住権」という新しい法律の枠組みについて、その基本となる成立要件や法律効果、実際の活用方法などについて弁護士が解説します。

配偶者居住権の基本

配偶者居住権は、残された配偶者が、故人の所有していた住宅に無償で居住し続けることを可能にする権利です。まずは、この権利が成立する要件と、その法的効果について説明します。

(配偶者居住権)
第千二十八条 被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。
一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。
2 居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは、配偶者居住権は、消滅しない。
3 第九百三条第四項の規定は、配偶者居住権の遺贈について準用する。

(審判による配偶者居住権の取得)
第千二十九条 遺産の分割の請求を受けた家庭裁判所は、次に掲げる場合に限り、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を定めることができる。
一 共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき。
二 配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき(前号に掲げる場合を除く。)。

引用元:e-Gov法令検索

配偶者居住権の成立要件

この権利の成立には、以下のような要件があります

  1. 残された配偶者が、法律上の配偶者であること(内縁の妻/夫は不可)。
  2. 被相続人が亡くなった時に、配偶者が遺産である建物に居住していたこと。
  3. 遺産である建物が被相続人の単独所有or配偶者との共有であること(第三者との共有は不可)
  4. 遺産分割、遺言、死因贈与、家庭裁判所の審判により、配偶者居住権を取得したこと。

さらに、この権利を第三者に対抗するためには、登記が必要です。この登記により、配偶者の居住権は法的に保護され、不動産の取引等で問題が発生するのを防ぐことができます。

配偶者居住権の法的効果

配偶者居住権を設定することにより、配偶者は権利の存続期間中、住宅に無償で住み続けることができます。権利の存続期間は、原則として配偶者の終身ですが、遺言や遺産分割において異なる期間を定めることもできます。

ただし、権利を得る一方で、様々な法的義務や制約が課されます。特に、通常の必要費(建物保存に必要な修繕費や固定資産税)の負担や、勝手に建物の増改築や第三者への賃貸が行えないといった制約が定められています。また、配偶者居住権に基づく居住に際しては、配偶者は建物取得者に対しいわゆる善管注意義務を負います。

配偶者短期居住権とは

配偶者短期居住権は、配偶者が亡くなった直後に、残された配偶者が遺産分割協議がまとまるまで(協議が早期にまとまった場合でも少なくとも6か月間)は住み慣れた家に無償で居住できるという権利です(民法1037条)。これは、亡くなった被相続人が何らの措置を講じていなかったとしても発生し、配偶者が急に住居を失うリスクから守るためのものです。

短期居住権は、名前の通り、一定の短い期間を保障するものであり、配偶者居住権との大きな違いはその存続期間です。また、短期居住権は登記されず、第三者に対する効力を持たない点も異なります。そのため、遺贈により他の相続人や第三者に財産が渡った場合でも、6か月間は無償での居住が保証されます。

配偶者居住権の有効活用事例

遺産相続において、配偶者居住権の活用は、多くの家族にとって有益な解決策となり得ます。以下に、この制度を活用する二つの架空の事例を紹介します。

活用例1:遺産分割における配偶者居住権の有効利用

事案の概要

  1. 遺産:自宅マンション6000万円、預貯金4000万円(合計1億円)
  2. 相続人:妻と子ども2名(具体的相続分は妻が1/2/,子が各1/4)
  3. 配偶者居住権の評価:4000万円
  4. 配偶者の希望:自宅に居住を続けること、生活資金として預貯金を確保すること

上記の事案では、遺産分割で妻が自宅の完全な所有権を取得するには、自己の相続分を超える部分の代償金として、妻が別途1000万円を用意する必要があります。また、妻が代償金を調達できたとしても、遺産である預貯金4000万円はすべて子どもが相続することになり、これを生活資金に充てることはできません。

他方、子どもが自宅所有権を取得しこれを配偶者に貸す場合、無償(使用貸借)ではその権利を第三者に対抗できず、有償(賃貸借)では妻に継続的な金銭負担が発生するという問題がありました。

これに対し、妻が配偶者居住権を取得する以下のような遺産分割をすれば、配偶者は自宅に無償で住み続ける権利(しかも登記により第三者に対抗可能)を得つつ、生活資金とするための預貯金の一部を相続することができるというメリットがあります。

  1. 妻:配偶者居住権(4000万円相当)、預貯金1000万円
  2. 子A:配偶者居住権付の自宅所有権(2000万円相当)、預貯金500万円
  3. 子B:預貯金2500万円

活用例2:遺言による配偶者居住権の有効活用例

事案の概要

  1. 遺産:自宅不動産4000万円、預貯金1000万円、相続債務なし
  2. 相続人(見込み):現在の妻、前妻との間の子1名
  3. 配偶者居住権の評価:2500万円
  4. 遺言者の希望:現妻の自宅居住を確保しつつ、前妻の子との間の相続トラブルを回避したい

上記事案のように、流動資産に比べて自宅不動産の評価額が高く、自宅が遺産の経済的価値の大半を占めるようなケースでは、遺言者が遺言を作成して現妻に自宅不動産を相続させようとしても、遺留分を侵害する内容にならざるを得ないことが少なくありません(上記事案では自宅の価値が遺産全体の80%となるため、「自宅を妻に、預貯金を子に」という単純な遺言では子の遺言が侵害される可能性が高いです。)。

そうした場合、相続開始後に妻が遺留分侵害額の支払を求められると、その支払資金の確保のために、結局、妻は自宅の売却を余儀なくされるというリスクがあります。特に、上記事案のように、現在の妻と前妻の子が相続人であり両者にあまり交流がないようなケースでは、そうしたリスクは高くなる傾向があります。

しかし、こうした場合でも、遺言において次のような配分で各人に財産を取得させることによって、遺留分を侵害しない形で、現妻に対し自宅への継続居住に加え、生活資金とするための預貯金の一部を遺すことができるというメリットがあります。

  1. 妻:配偶者居住権(2500万円相当)、預貯金1000万円
  2. 子:配偶者居住権付の自宅(1500万円相当)

※この配分ならば妻の取得額は3500万円(遺産全体75%)にとどまるため、子の遺留分(遺産全体の25%)を侵害せずに済みます。

既存の枠組みでは難しかった問題を解決

これらの事例は、既存の法的枠組みの中では解決が難しかった問題を、配偶者居住権の制度を活用することで上手に解決し得る可能性を示しています。この意味で、家族間の意見の対立や深刻な法的紛争を回避するために、この権利がどのように役立つかを理解することは重要です。

まとめ

この記事では、配偶者居住権の成立要件や法的効果、そして有効な活用事例を詳しく解説しました。新たな制度である配偶者居住権のことを知り、これを上手に活用することは、公平かつ円滑な相続の実現に大いに役立つ可能性があると考えられます。

もっとも、具体的な事案において実際に配偶者居住権を活用し得るのか、どう活用すべきかということについては、やはり個々の事情に応じた専門的なアプローチが求められることから、相続に精通した弁護士への相談をお勧めします。

遺産分割における住宅問題、特に配偶者居住権に関するお悩みがありましたら、ぜひ一度弁護士法人ポートにご相談ください。我々弁護士が、あなたにとって最適な解決策を共に見つけるお手伝いをさせていただきます。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

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