相続した預金の解約払い戻し・名義変更手続きの流れとポイント

相続の場合、ほとんどのケースで、亡くなった方(被相続人)の名義で銀行や信用金庫などに預金・貯金の口座が存在します。そして、こうした口座に残された相続預貯金は当然に被相続人の遺産となります。

このため、遺された相続預貯金の円滑かつ迅速な解約・名義変更手続の実現は、多くの相続人にとって重要な課題です。しかし、こうした預金の相続手続きは、不慣れな方とってはときに煩雑であり、多くの相続人が戸惑うことがあります。

この記事では、相続事案の経験豊かな弁護士が、相続預金の解約・名義変更の手順、よくある問題点、そしてそれらをスムーズに進めるためのポイントを分かりやすく解説します。これにより、あなたの相続手続きの負担を軽減し、円滑な遺産整理を実現するための道筋を示します。

相続預金の解約と名義変更の違い

被相続人名義の預金口座を相続する方法としては、一般的に、「解約払い戻し」と「名義変更」の2種類があります。具体的な違いは次のようなものです。

解約

  1. 故人名義の預貯金口座を閉じる。
  2. 口座の資金は一度に全額を引き出す。

名義変更

  1. 故人名義の口座の所有者を相続人に変更する。
  2. 口座を維持し、名義人(権利者)のみを変更する。

金融機関の中には解約の方法しか認められない場合もありますが、多くの金融機関では相続人の選択に委ねられている場合が通常です。2つの方法のうち、自分の希望にあった方法を選択すれば問題ありません。

預金の相続手続きの一般的な流れ

被相続人名義の預金を相続するための手続きは、それぞれの金融機関によって細かな違いはあるものの、一般的には、概ね次のような流れで進みます。

死亡通知と口座凍結

故人が死亡し、遺族がその情報を金融機関に通知すると、故人名義の預貯金口座が凍結されます。この措置は、遺産の不正な取り扱いを防ぐために重要です。金融機関は積極的に被相続人が死亡したという情報を共有するわけではないので、遺族は被相続人が口座を開設していた可能性のある金融機関には、個別に連絡を入れる必要があります(ウェブサイトから通知が可能な金融機関もあります)。

口座凍結後、相続人は一時的に口座から資金を引き出すことができなくなります。相続後も利用を継続するサービス(電気・ガス・水道、家族の携帯など)の料金引き落としが凍結口座からなされていた場合には、それぞれ支払方法の変更などを行ってください。

口座凍結前の出金は?

相続開始後、金融機関に被相続人が死亡したことを通知する前に、一部の相続人が勝手にATMなどを使って被相続人名義の預金を出金し、その一部または全部を費消したという事案は少なくありません。しかし、そのような行為は、遺産分割協議時に共同相続人間のトラブルの原因となりかねないだけでなく、相続財産を調査した結果、相続放棄や限定承認を選択しようと思っても、法定単純承認事由該当するものとして、これらの手続きが行えなくなるリスクにつながります。この意味で、上記のような行為は基本的に避けるべきです。

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預金の取得者を示す書類の確保

相続手続きにおいては、故人の預貯金を誰が取得するかを示す資料の提出が不可欠です。これには、遺言書、遺産分割協議書、遺産分割調停調書や審判書など様々な種類があります。

遺言書:

故人が預金の取得者を明らかにした遺言を残している場合、その遺言書が相続手続きの法的根拠となります。なお、いわゆる清算型の遺言のように、遺言執行者が一旦全ての遺産を現金化した上で相続人や受遺者に分配する内容が定められているときは、その遺言書を根拠に、遺言執行者が金融機関に対して口座の解約を行うことになります。なお遺言書の種類が自筆証書遺言の場合、遺言書原本に加え家庭裁判所で作成してもらう遺言検認調書が必要となります。

遺産分割協議書:

預金の取得者が遺言によって明らかになっていない場合、相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で誰が預金を取得するかを取り決めます。その結果を示したものが、遺産分割協議書です。この書類は、相続人間の合意に基づき作成され、遺産分割において、分割される財産の詳細、相続人それぞれの取得する遺産の内容を明確に記述します。金融機関の手続きの場合には、相続人の実印を押印したものであることが必要です。

遺産分割調停調書・審判書:

遺産分割協議が合意に至らない場合、家庭裁判所における調停や審判を経て遺産分割が決定されます。その結果は遺産分割調停調書や遺産分割審判書にまとめられ、これらの書類は、法的な効力を持ち、預金の取得者が法的に確定したことを示します。

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その他必要書類の収集:

預金の取得者を示す資料の確保と並行して、金融機関に提出するその他の必要書類を収集します。

金融機関によって細かな違いはあるものの、例えば、遺産分割協議書に基づいて相続手続きをする場合には、遺産分割協議書原本のほか、次のような書類の提出を要求されます。

  1. 金融機関所定の書式の相続届
  2. 故人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本、除籍謄本
  3. 相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)
  4. 相続人全員の印鑑証明書
  5. 手続申請者の身分証明書(提示用)

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金融機関への申出:

必要書類を揃えたら、金融機関に預貯金の解約または名義変更の申出を行います。

この際、相続人全員の同意が必要となり、金融機関によっては追加の書類や手続きが求められることがあります。

申出の際には、相続人全員の署名や印鑑が必要となる場合が多く、金融機関の指示に従って適切に手続きを進めることが重要です。

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手続きの完了:

金融機関での全ての書類の確認が完了した後、名義変更や解約払い戻しが正式に行われます。この段階で、相続人は金融機関から手続き完了の関係書類を受け取るとともに、口座の名義が変更され、あるいは相続による解約口座の払戻金が指定口座へ送金されます。

時間的には、金融機関の混雑度合いなどにもよりますが、必要書類の提出から2週間から1ヶ月程度で手続き完了となることが多いでしょう。

すべての手続きが正確に完了したことを確認ても、関連資料は念のためお手元で保管するようにしてください。

預金の相続手続によくある問題点と対処法

問題1: 遺産分割協議がまとまっていないが、預貯金の引き出しが必要

まずは、改正民法で設けられた事前払戻し制度の利用を検討するとよいでしょう。各相続人が相続預金の一部(具体的には残高の3分の1に法定相続分を乗じた額)について、遺産分割成立前でも単独で払戻しを受けることができる制度です。ただし、金融機関あたり最大150万円が上限となります。

(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第九百九条の二 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

また、上記払い戻し制度では希望額の引き出しが難しい場合、家事事件手続法に定められた家庭裁判所の判断(仮分割仮処分)による払戻しを利用することも考えられます。もっとも、この制度の利用には専門的な知識が必要となるため、弁護士への相談をおすすめします。

(遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分)
第二百条 3項
 前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第四百六十六条の五第一項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。

問題2: 故人から聞いていた額よりも実際の残高が少ない

相続開始前に故人の預貯金口座から不自然な引き出しがなかったかを確認するため、金融機関から取引明細を取得します。この点、相続開始後であれば、預金の解約や名義変更と異なり、挙動相続人は単独でも、金融機関に対し相続口座の取引履歴の記録の開示を求めることができます。

開示請求の結果特に大きな金額の引き出しや、故人の生活状況と一致しない取引があった場合、不正出金の可能性を疑います。このような状況が発生した場合は、弁護士に相談し、法的なアドバイスを受けることをお勧めします。

不正取引が確認された場合、相続手続きにおける主張方針の変更が必要になることがあります。正確な資産状況の把握は、公平な遺産分割を実現するために不可欠です。

問題3: 金融機関の数が多いが同時に手続きを進めたい

故人が複数の金融機関に預貯金を持っていた場合、一つずつ手続きを進めるのは時間がかかります。

このような状況では、法定相続情報一覧図の写しを活用することが有効です。一覧図の写しは、相続人全員の関係と故人との関係を明確に示す公的な文書であり、法務局から複数通の発行を受けることができるため、複数の金融機関で同時に相続手続きを進める際に有用です。

また、遺産分割協議書を複数部作成することで、各金融機関への提出がスムーズに行えます。金融機関提出用の遺産分割協議書は、原本と同じ内容であることを確認し、相続人全員の署名や押印があるものを用意します。

これらにより、一つの金融機関での手続きが他の金融機関での手続きに影響を与えることなく、効率的に相続手続きを進めることが可能となります。さらに、複数の金融機関を同時に処理することで、相続手続きの全体的な時間を短縮できます。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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