相続財産となる預貯金の取り扱いに関する判例変更。共同相続された預貯金は遺産分割の対象になります。

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最高裁平成28年12月19日大法廷決定により、相続財産となる普通預金・通常貯金等の取り扱いに関する判例変更がありました。本記事では、判例変更の内容に加え、予想される金融機関の対応の変化や、今回の判例変更が実際に遺産分割問題を戦う相続人の方にどのような影響を与えるかについて解説します。

相続財産となる預貯金の取り扱いに関する判例変更

【従前の判例】法定相続分による当然分割

  1. 「被相続人名義の普通預金や通常貯金については、被相続人が死亡し相続が開始した時点で、各相続人の法定相続分に従って当然に分割される。」

これが従前の判例(*1)の考え方でした。こうした考え方は、普通預金債権は民法427条の「可分債権」に該当するという判断に基づいています。

第四百二十七条 数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。

例えば、被相続人の遺産として6000万円の普通預金があり、相続人が被相続人の息子と娘の2名であったします。そうすると、法的には、相続開始の時点で各相続人が3000万円ずつの普通預金債権を単独で取得するという解釈がなされていました。

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その結果、遺産分割調停・審判の実務では、既に法律上分割されている預貯金債権は原則として分割対象とならないものとして、遺産分割の当事者全員の合意があったときに限り、故人名義の普通預金を分割対象とすることができるという運用がなされていました。

【判例変更後】当然分割されず遺産分割の対象となる

これに対し、最高裁判所平成28年12月19日大法廷決定は、

  1. 「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権、定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる」

と判示して、従前の判例を変更しました。

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その理由としては、普通預金・通常貯金にかかる預貯金債権については、預貯金契約に基づき1個の債権として同一性を保持しながら、残高が変動するという性質があることが指摘されています。また、定期貯金債権については、預入期間経過後でなければ原則として払戻しができず、中途の一部払戻も認められないとされているなどの制限にみられるように、定期貯金にかかる事務の定型化・簡素化を図るという制度の趣旨が重視されています。

いずれにせよ、上記の判例変更によって、相続人の同意・拒否にかかわらず、普通預金や通常貯金、定期貯金が遺産分割の対象となることが明確になりました

最高裁平成29年4月6日

最高裁平成29年4月6日第一小法廷判決では、定期預金と定期積金についても、普通預金や通常貯金と同様の取り扱いとなる旨の判断が示されています。

金融機関の対応はどう変わるか

判例変更前

実のところ、判例変更以前についても、相続人全員の同意書の提出がない限り、個別の相続人の相続分に沿った預貯金の出金には応じないというのが、多くの金融機関の対応でした。

もっとも、そのような対応は従来の判例法理からすれば認められるものではありません。このため、個々の相続人が、銀行や信用金庫等を被告として、自身の相続分に相当する預貯金の払い戻しを求める訴訟を提起すれば、通常は回収が可能でした。また、一部の金融機関では、弁護士が代理人として交渉した場合には、金融機関に迷惑をかけないという趣旨の同意書を徴求した上、任意の払い戻しを行うこともありました。

判例変更後

しかし、今後は、最高裁判例によってお墨付きを得た以上、金融機関は、遺産分割未了の預貯金について、一部の相続人による払い戻し請求を拒否する対応が徹底されるものと思われます。こうした請求に応じてしまうと、むしろ、金融機関の側が二重払いのリスクを負うことにもなりかねませんので、当然の対応でしょう。

もちろん、個々の相続人が単独で遺産分割前の預貯金の払戻請求訴訟を提起しても、民法427条の可分債権にあたらないとして、請求が棄却されることになると考えられます。

今回の判例変更が相続人にもたらす影響とは

さて、今回の判例変更は遺産相続問題の実務においては、重要な内容であり、相続問題の解決においては様々な局面で影響があると考えられます。以下では、相続紛争の現場にいる弁護士の視点から、現時点で考えられる主な影響について解説します。

分割合意成立まで引出ができないことによる影響

各相続人が単独で遺産分割前に払戻請求を行えなくなったことにより、当面の生活費、紛争対応のために必要な資金や、相続税の納税資金の確保で困る相続人がでる可能性があります。

例えば、生活費をもっぱら亡夫名義の預貯金に頼っていた妻が、共同相続人である亡夫の前妻の子と共同相続をした場合に、遺産分割がまとまらず当面の生活資金に窮するようなケースが考えられるでしょう。

このような意味で、資金力に乏しい相続人は、意に反した不利な分割合意を強いられるリスクが増加したといえます。

仮分割の仮処分

今回の最高裁判例の補足意見では、上記のようなケースへの対応策として、仮分割の仮処分の活用が考えられると指摘されています。これは、家事事件手続法200条2項により、遺産分割の調停や審判の申立後に、強制執行の保全や関係者の急迫の危険を防止するために、家庭裁判所が必要な保全処分を行えるという制度の一環として、相続財産中の特定の預貯金債権を、遺産分割に先だって特定の相続人に取得させるというものです。これまであまり利用されていない手続きでしたが、今回の判例変更後は、事案によっては有効な方法といえるかもしれません。

遺産分割の対象となったことによる影響

預貯金が当然に遺産分割の対象とされることになった結果、一定類型の事案において、従来の枠組みでは不可避であった実質的な不公平を是正することが可能となりました。

典型的なケースとしては、一部の相続人に対し多額の生前贈与による特別受益があるものの、相続開始時点での遺産は普通預金のみであるという事例が挙げられます。こうした事例では、従来の判例による限り、全相続人が普通預金を遺産分割の対象とすることに合意しなければ、特別受益を前提とした具体的相続分ではなく、各相続人が法定相続分に応じた分割債権を取得する結果をならざるを得ませんでした。

  1. (参考)特別受益制度の概要

しかし、今回の判例変更によって、こうした事例でも、遺産分割の段階で特別受益を加味した具体的相続分による普通預金の分割が可能となるものと考えられ、相続人間の実質的な公平を実現しやすくなったものと考えられます。

預貯金以外の金銭債権についてはどうなるか

平成28年12月19日大法廷決定及び平成29年4月6日第一小法廷判決により、相続財産となる預貯金債権については、遺産分割の対象とされることが明確になりました。では、それ以外の金銭債権についてはどうでしょうか。例えば、次のようなものが考えられます。

  1. 被相続人のキャッシング取引により発生した過払金請求権(不当利得返還請求権)
  2. 被相続人が受けた交通事故の賠償金債権(不法行為に基づく損害賠償請求権)

この点、今回の判例変更は、預貯金契約の特質に着目すると預貯金債権は可分債権にあたらないとして、預貯金の当然分割性を否定したものです。したがって、それ以外の金銭債権一般についての可分債権性・当然分割性までもが否定されたとはいえません。この意味では、金銭債権が原則として可分債権であり相続開始と同時に当然分割されるという枠組みは、依然として維持されていると思われます。

もっとも、今回の判例のように、債権の性質などを考慮して可分債権性を否定し遺産分割の対象を拡大するという流れは続く可能性あることから、詳細については弁護士にご相談することをお勧めします。

まとめ

以上、預貯金の取り扱いに関する判例変更とその影響等に関する解説でした。インターネット上には、判例変更前の理解に基づいた解説記事も多く残存しているため、預貯金が関係する遺産分割の問題でお悩みの方は、相続問題に詳しい弁護士に直接ご相談いただくことをおすすめします。

*1  最高裁平成16年4月20日第三小法廷判決(裁判集民事214号13頁)等

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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