預貯金の使い込み問題を解決するための手続き
先日亡くなった父の預金通帳を調べたところ、投資用不動産の家賃が入金されていた口座から使途不明な高額の出金が多数なされていることが発覚しました。生前の父の生活状況などからすれば、同居していた兄による預金の使い込みとしか考えられません。父の相続人は私と兄のみです。不正な出金についての不当利得返還請求を考えていますが、裁判を起こす以外の手続きはないのでしょうか。
はじめに
預金の使い込み問題を解決するためにはどのような手続きを選択すればよいでしょうか。預金の使いこみ問題といっても、請求対象となる金額の大小や、不正に引き出したとされる預貯金の使途に関する他の相続人の説明内容は事案により様々です。
そこで、以下では、預金の使い込み問題を解決するための手続きとして、「遺産分割交渉・調停による解決方法」と「不当利得金返還請求訴訟による解決方法」を紹介します。
遺産分割交渉や調停での解決
預貯金の使い込みが問題となる多くの事案では、不動産などの被相続人の遺産をどのように分けるかという遺産分割の問題が併存します。この遺産分割のための交渉や調停手続きを利用して、預金の使い込み問題を解決することはできるでしょうか。
手続利用のメリット
預貯金の不正引き出しに関する問題を遺産分割問題とは別に裁判で解決する場合、2つの手続きを行う当事者の負担増は不可避です。これに対し、遺産分割交渉や調停の中でこの問題をまとめて解決することができれば、遺産相続に関する紛争の一回的解決ができるという点で、相続人にとってのメリットは大きいといえます。
また、調停や交渉は相続人間の話合いを基本とする手続きですので、不当利得を基礎付ける事実について証拠による厳密な立証を要求される訴訟の場合と比べ、いわばざっくりとした柔軟な解決を図ることが可能な場合があります。
理論上の制約
上記のように遺産分割の手続きを利用するメリットがあるならば、預貯金の使い込み問題は全て遺産分割交渉や調停で解決すればよいではないかとも思われます。しかし、遺産分割との関係で預貯金の使い込み問題を扱うためには、実は大きな理論的制約があります。
というのも、預貯金の使い込み事案では、相続人が、被相続人から相続した「使い込みをした者に対する不当利得返還請求権(あるいは不法行為に基づく損害賠償請求権)」を行使するという法律構成をとりますが、厳密にいうと、これらの請求権は原則として遺産分割の対象財産とはならないとされているからです。
遺産分割の対象財産とならない理由は?
遺産分割をするためには遺産分割の時点で未分割の財産であることが必要です。ところが、最高裁の判例上、金銭的に可分な債権は相続開始時と同時に法定相続割合に応じて自動的に分割されてしまうと解されています。このため、被相続人の不当利得返還(あるいは損害賠償)請求権についても、相続開始時と同時に自動的に分割され、これが遺産分割の対象となることはないとされているのです。
相続人の同意があれば遺産分割交渉や調停で扱うことも可能
ただし、こうした理論上の制約があるとしても、遺産分割交渉や調停において預貯金の不正引出の問題を全く扱えないというわけではありません。
なぜなら、遺産分割交渉や遺産分割調停の実務では、遺産分割の当事者である相続人が同意する場合には、上記のような理論上の制約にかかわらず、預貯金の使い込みによる被相続人の不当利得返還請求権も遺産分割の対象として取り扱うこととされているからです。訴訟の手間を避け、一挙解決のメリットが得られるならば、多少の理論上の問題には目をつぶろうという話です。
もっとも、遺産分割調停は裁判所(調停委員会)という公的な司法資源を利用するものであり、本来遺産分割調停の席で話合うことではない事項にまでいつまでも時間を割くわけにはいかないという側面もあります。そこで、預貯金の不正引き出しに関する話をする調停期日については、一定の回数制限(原則3回まで)が課されるのが通常です。この程度の回数で解決できないほどに拗れている話ならば、訴訟で解決してくれというわけです。
手続き選択のポイント
以上からすると、例えば、
- 遺産分割の当事者となる相続人が遺産分割の問題と預金の使い込み問題の一挙解決を希望している
- 具体的な事案の内容からして短期間の話合いによる解決の見込みがある
というような事情がある場合には、預金の使い込み問題を解決する手段として、遺産分割の手続を利用するという方法が妥当ということになるでしょう。これに対し、こうした条件がない場合には、やみくもに遺産分割との一挙同時解決を目指したとしても、単なる時間の無駄に終わる可能性が高く、遺産分割の手続を問題解決の主戦場とするのは得策ではないということになります。
民事訴訟手続きによる解決
他の相続人が遺産分割内での解決に同意しない場合や、個別出金の使途等について当事者間の争いが大きく、遺産分割手続き内での話合いによる解決が困難な場合、預貯金の使い込み問題は、本来の手続である民事訴訟によってその解決を図ることになります。
この場合、原告となる相続人は、預貯金を不正に引き出したと疑われる相続人を被告として、不当利得返還請求(あるいは損害賠償請求)訴訟を提起することになります。裁判の舞台は、家庭裁判所ではなく地方裁判所若しくは簡易裁判所です。なお、請求額は、不当利得額全体のうち原告自身の相続分に対応する部分ということになります。
民事訴訟手続きでは、原告となる相続人が被告による不正出金の事実を具体的に主張し、これらの請求原因となる事実のうち争いのあるものを証拠によって立証する必要があります。このため、遺産分割調停による解決に比べ、請求者の側の主張立証上の負担は大きくなりやすく、また、時間的あるいは弁護士費用などの金銭的なコストも大きくなりがちです。この点は、民事訴訟手続を選択するデメリットといえます。
他方で、民事訴訟において上記のような主張立証が果たされた場合には、相手方が預貯金の使い込みを認めていなくても、裁判所の判決によって不当利得額の返還が命ぜられることになり、紛争を終局的に解決することができます。
まとめ
以上、預貯金の使い込み問題につき不当利得返還や損害賠償請求をするための手続選択方法を説明しました。
預貯金の使い込み問題を解決するにあたり、手続の選択を誤ると、思いのほか解決までの道のりが長くなってしまうため、事案を分析した上での手続選択が不可欠です。
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