被相続人名義の預貯金の引出時期(死亡前・死亡後)と請求内容の違い

先日母(B)が亡くなりました。相続人は、私(X)と兄(Y)の2名です。兄は生前の母と同居していましたが、母が亡くなる直前と直後に、母名義の預貯金から無断で各1000万円を引き出していたようなのです。私としては、兄に対し、不正に出金した分の返還を請求したいのですが、どのような法的根拠で請求することになるでしょうか。

被相続人名義の預貯金の引出時期

同じ預貯金の無断引出であっても、その引出の時期が異なることによって、法律構成が変わり、また、法律構成が変わることによって相手方の反論も変わってきます。以下では、預貯金の引出のタイミングが、被相続人の死亡前か死亡後かで、預貯金使い込み問題解決のための法的枠組みがどのように変わっていくかを概説します。

死亡前・死亡後の無断引出と法律構成の違い

被相続人死亡前の無断引出と死亡後の無断引出では、まず、相手方に対する請求の根拠となる法律構成が異なります。具体的には、以下のとおりです。

死亡前の無断引出は「被相続人」の権利を侵害している

預貯金の無断引出が被相続人の生前になされた場合、相続人は預貯金無断で引き出した別の相続人に対し、被相続人から相続した請求権を行使して金銭請求を行うことになります。

すなわち、被相続人名義の預貯金は、被相続人の金融機関に対する金銭債権です。これを相続人が無断で引き出しその残高が減少すれば、被相続人は相続人に対し、不当利得返還請求権または不法行為に基づく損害賠償請求権を取得することになります。そして、その後被相続人が死亡すると、他の相続人は、被相続人が取得したこれらの権利(不当利得返還請求権等)を相続によって取得することになります。

ここでのポイントは、あくまで権利を侵害された直接の被害者は被相続人であり、相続人は自らの権利を侵害されたわけではないという点です。相続人は、被相続人が権利を侵害されたことにより取得した不当利得返還請求権等の権利を相続したに過ぎません。

死亡後の無断引出は「相続人」の権利を侵害している

これに対し、被相続人の死亡後に、遺産である預貯金の無断引出がされた場合については、権利を侵害された直接の被害者は被相続人でなく、預貯金を相続した相続人ということになります。

すなわち、被相続人の死亡の時点で、相続人は被相続人名義の預貯金債権(の一部)を取得します。このため、被相続人死亡後の無断引出は、預貯金を相続した相続人の権利を直接侵害することになり、その相続人は、無断引出を行った者に対し、自らの不当利得返還請求権や損害賠償請求権を行使することができるようになります。

このように、被相続人死亡前の引出の場合は、相続した被相続人の権利に基づいて引出を行った相続人に対し返還請求をすることになるのに対し、死亡後の場合、相続人自らの権利に基づいて返還請求をする点で、法律構成が変わっていると言えます。 

被告の争い方や反論も変わる

死亡前の無断引出と死亡後の無断引出の法律構成が変わることによって、訴訟における被告側の争い方(争点)も変わってきます。以下で具体的に見ていきましょう。

死亡前の無断引出は被相続人の意思に反したか否かが争われる

死亡前の無断引出の場合、相続人の不当利得返還請求等が認められるか否かは、被相続人の権利を侵害したか、具体的には被相続人の意思に反して預貯金が引き出されたかによります。

したがって、被告としては、預貯金を引き出したことが被相続人の意思に反していなかったとの反論をします。具体的には、被相続人が自らの意思で被告に贈与したことや、引出金を被相続人のための生活費に使用したことから被相続人の意思に反していない等の反論をすることになります。

死亡後の無断引出については相続人の意思に反したか否かが争われる 

死亡後の無断引出については、相続人固有の権利を侵害したか否かが問題となりますので、相続人の同意のもと預貯金が引き出されたか否かということが問題となります。

死亡前の引出と異なり、通常、他の相続人の同意のもと引き出されたと言えることは少なく(だからこそ、他の相続人から返還請求を受けています)、被告側からあまり有効な反論がされることは少ないですが、しばしば問題となるのは被告が葬儀費用として引き出したと主張するケースです。

通常葬儀費用は喪主が負担すると考えられるのですが、被告から、被相続人の預貯金からの引出金を葬儀費用にあてることについて同意があったと主張して争われるケースがよくあります。

この場合は、引出がされた経緯や、葬儀に至るまでの他の相続人とのやりとりから同意があったか否かが判断されることになります。

まとめ

以上、死亡前の無断引出と死亡後の無断引出の取扱の違いを説明いたしました。いかがでしたでしょうか。

同じ無断引出であったとしても、引出の時期によって法律構成や相手方の反論が変わることになるため、引出時期を意識した主張をする必要があります。本記事をお読みになり,不当利得返還請求に関し疑問点やご相談がおありの方は,お気軽に当法人の遺産相続無料法律相談をご利用ください。

(弁護士 吉口直希)

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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