長谷川式スケール16点で遺言能力が認められた事例:遺言無効訴訟解説(東京地裁令和5年3月28日判決)

概要
事案の概要
- 遺言書の種類:公正証書遺言
- 争点:遺言能力
- 遺言作成時の年齢:80歳(平成18年11月22日時点)
- 遺言の要旨:全財産を次女(被告)に相続させる(別内容の平成15年遺言を撤回)
基本情報
- 事件名:遺言無効確認請求事件
- 裁判所:東京地方裁判所
- 判決日:令和5年3月28日
- 結論:遺言は有効(遺言能力あり)
登場人物
- 被相続人(亡B):原告/被告の母親。平成30年10月9日死亡。
- 原告: 亡Bの長女。
- 被告: 亡Bの二女。遺言により全財産を相続するとされた。
- 原告補助参加人:亡Bの長男。
事実関係
被相続人B(以下「亡B」という。)は原告(長女)、被告(二女)、原告補助参加人(長男)の母親である。亡Bには配偶者Cがおり、BとCは家電業等を営む関連会社を経営していたが、Cは平成26年11月に死亡している。
遺言作成まで
- 平成18年3月29日(76歳時)、亡BはG病院の物忘れ外来を受診。2年前からの物忘れを主訴とし、HDS-Rは23点、MMSEは24点であった。
- 平成18年7月10日付けの訪問看護指示書で、亡Bの認知症高齢者の日常生活自立度はⅡa(日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる)と判断された。
- 平成18年9月8日、亡BはG病院の精神科を受診。この時のHDS-Rは16点(17点と誤記)で、物忘れの悪化や妄想的な訴えが見られた。アルツハイマー型認知症の診断を受けた。
- 亡Bは平成18年11月22日、公正証書遺言(本件遺言)を作成。亡Bは平成15年7月に公正証書遺言(平成15年遺言)をしたが、本件遺言では平成15年遺言を撤回し、全財産を被告に相続させるとの内容であった。遺言の理由として長女(原告)による関連会社の不正経理を挙げていた。
遺言作成後
- 平成19年9月20日、亡BはG病院の精神科を再受診。同年8月の転居後、被害妄想や物盗られ妄想が激しくなり、易怒的で不穏な状態。HDS-Rは15点。担当医の指導により同年10月には落ち着きを取り戻した。
- 平成20年2月18日、亡Bは不動産の持分を原告補助参加人に売却する内容の訴訟上の和解をした。
- 亡Bは平成30年10月9日に死亡した。
弁護士のコメント
本件は、被相続人である母が公正証書で作成した遺言の有効性が争われた事案です。原告(長女)は、遺言作成時に母が遺言能力を欠いていたと主張しましたが、裁判所は、認知症が一定程度進行していたとしながらも母の遺言能力を認め、遺言が有効との判断をしました。
本判決が遺言能力を肯定した理由としては、以下の点が挙げられます。
- 平成18年9月の時点でも、日常生活に具体的な支障があるとの指摘はなく、一定程度自立して生活を送れる状態にあったと推認される。
- 平成18年7月の認知症高齢者の日常生活自立度がⅡa(誰かが注意していれば自立できる)と判断されていることから、遺言時点で意思能力を欠いていたとは考えにくい。
- 平成19年9月の受診時には症状の悪化が見られたが、転居がきっかけとされており、HDS-Rの点数も大きな変化はない。また、その後の担当医の指導で症状が改善したことから、平成18年9月から平成19年9月にかけて、単調かつ急速な悪化があったとは解しにくい。
- 遺言の内容が比較的単純であること。
- 遺言の前後で、被相続人が財産管理等の委任契約・任意後見契約を締結したり、不動産持分の売却を含む和解をしたりしているが、これらの際に意思能力が問題とされた形跡はない。
- 遺言の理由として挙げられた原告の不正経理について、実際に問題となる領収証等が存在し、(経緯に争いはあるが)原告も謝罪しているため、客観的な不正の有無は別としても、遺言の動機は理解し得るものであり、不合理とまでは言えない。
本判決が示すとおり、遺言者に認知症があっても、直ちにその遺言能力が否定されるわけではありません。本件の母は、遺言の2年以上前から認知症の診断を受け、遺言の2か月前のHDS-Rは16点と低下が見られました。しかし、本判決は、HDS-R等の検査結果から機械的に判断するのではなく、生活の自立度、遺言内容の複雑性、遺言の合理性等を総合考慮して、遺言能力を肯定したのです。
超高齢社会の進展に伴い、認知症の人が増加しています。画一的に遺言能力を否定するのではなく、本判決のように個別具体的な事情を丁寧に検討し、慎重に判断することが益々重要になってくるでしょう。その意味で、本判決の判断枠組みは、今後の実務の参考となるものと言えます。















