遺言作成時の動画映像が遺言能力を否定する材料となった事例:遺言無効確認等請求解説(東京地裁令和2年3月23日判決)

概要

事案の概要

  1. 遺言書の種類:自筆証書遺言
  2. 主な争点:遺言能力の有無
  3. 遺言作成時の年齢:88歳(平成22年11月8日時点)
  4. 遺言の要旨:被相続人の全財産を二男(被告)に相続させる旨

基本情報

  1. 事件名:遺言無効確認請求事件
  2. 裁判所:東京地方裁判所
  3. 判決日:令和2年3月23日
  4. 結論:遺言無効(遺言能力なし)。遺言無効を前提として不動産の登記更正、不動産の所有権確認等の請求を認容

主な登場人物

  1. 被相続人(亡A):平成22年遺言の作成者。平成28年2月死亡。
  2. 原告:被相続人の長男。
  3. 被告:被相続人の二男。遺言により全財産を相続するとされた。

事実関係(遺言能力の有無に関連する部分に限定)

平成21年頃

  1. 被相続人は、脳梗塞で入院し、退院後は車いすでの生活となる。
  2. 2月25日頃:被相続人の主治医は、認知症が進んでいる、長谷川式簡易知能評価スケールでほとんど0点、高度の認知症と思われると診断。
  3. 被相続人は、別の病院でMMSEを受け、中度のアルツハイマー型認知症(13点/30点)と判定される。
  4. 原告は仕事を退職し、ほぼ毎日朝7時ころから夜8時ころまで介護。
  5. 8月に要介護度4の認定を受ける。

平成22年

  1. 8月に夫が死亡。夫の遺言により夫の遺産全部を相続。
  2. 9月8日自宅で意識を消失し救急搬送。
  3. 10月19日・20日に、被告の働きかけで不動産の一部を被告に贈与する書面に署名指印。
  4. 11月初旬、被告が被相続人に遺言書作成を持ちかけ、連日合計10時間もの練習。
  5. 11月8日の昼間、自宅で1,2分の意識消失を起こし救急搬送。
  6. 同日の夜、被相続人は遺言書に捺印。被告が読み上げ等の様子を動画撮影。

平成23年以降

  1. 8月の調査で、被相続人の認知症の程度は重度と判定される。
  2. 平成25年1月、医師が被相続人は脳梗塞後遺症及び脳血管性認知症で後見相当と診断。

弁護士のコメント

本件は、認知症が進行した被相続人の自筆証書遺言につき、遺言能力がなかったとして遺言無効等が認められた事例です。

被相続人は、遺言の1年9ヶ月前の時点で既に相当程度認知症が進行しており、その後も症状が悪化していたことが医師の診断等から明らかでした。そして、問題の遺言は、被告が被相続人に強く促して連日練習させて作成に至ったもので、被相続人の自発的な意思とは言い難い経緯も、遺言能力を否定する材料として重視されています。

特に興味深いのは、被告が遺言作成時や作成に至る過程の被相続人の様子を映像に収め、これが証拠提出されたことです。被告としては、これにより被相続人が遺言能力を有していたことを裏付けようとしたのでしょうが、裁判所は逆に、その映像から、被相続人が十分な理解なく被告に誘導されるまま遺言書を作成したことがうかがわれると(被告の意図とは真逆の)評価をしています。本人の状況を録画することは、遺言能力の立証に有効と思われがちですが、かえって認知症の影響を浮き彫りにしてしまうケースもあることを、この判決は示しています。

以上の事実関係を総合的に考慮し、裁判所は、遺言時点で被相続人には遺言能力がなかったと判断しました。医学的な観点のみならず、遺言作成に至る具体的状況をよく吟味した上での結論と言えるでしょう。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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