「全部を相続させる」遺言と遺留分侵害額計算における相続債務

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被相続人の父(A)が亡くなりました。相続人は前妻の子である私(B)と、後妻(C)の2名です。父はCに対し全ての財産を「相続させる」旨の遺言を作成していました。私としては、遺留分侵害額請求をしたいと思っているのですが、遺留分侵害額はどのように計算すればよいでしょうか。父の相続財産は、積極財産が1億円、債務が8000万円です。

相続させる旨の遺言と遺留分計算

遺留分計算の基礎

相談例のように、被相続人が全財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言をした場合でも、他の相続人は、遺留分侵害額請求を行うことによって自己の遺留分を確保することができます。

この点、遺留分侵害額請求通知の段階では、必ずしも遺留分侵害額を明示する必要はありません。しかし、その後、具体的な解決内容を決める段階では、当然、遺留分侵害額の算定が必要となります。

関連記事:遺留分侵害額の計算方法を弁護士が解説【具体例付き】

以下では、相談例のケースを題材に、

  1. 遺留分額の計算
  2. 遺留分侵害額の計算

の順で、全財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言がなされていた場合の遺留分侵害額の計算方法を解説します。

遺留分額の計算

総体的遺留分の計算

各相続人に認められる遺留分の計算にあたっては、まず、遺留分権利者全体に割り当てられる遺留分(これを総体的遺留分といいます)を算定することが必要です。

そこで、以下、相談例のケースの総体的遺留分を求めてみましょう。総体的遺留分は、次の算定式によって算出します。

総体的遺留分の額=遺留分を算定するための財産の価額×遺留分率

■遺留分を算定するための財産の価額

遺留分を算定するための財産の価額は、

  • ⅰ「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額」に
  • ⅱ「贈与した財産の価額」を加算し
  • ⅲ「債務の全額」を控除

して算定します(民法1043条1項)。

したがって、相談例のケースにおける「遺留分を算定するための財産の価額」は、

1億円(積極財産)+0円(贈与額)-8000万円(債務)=2000万円

ということになります。

■総体的遺留分率

総体的遺留分率は、相続人がどのような親族によって構成されるかによって異なります。民法1042条により、相続人が直系尊属のみで構成される場合には1/3、それ以外の場合には1/2となります。

相談例のケースでは、被相続人の配偶者と子が相続人となりますので、遺留分率は1/2となります。

■総体的遺留分の額

以上より、相談例のケースにおける総体的遺留分の額は、

2000万円(遺留分算定の基礎財産)×1/2(遺留分率)=1000万円

ということになります。

個別的遺留分の計算

続いて、個別の相続人に認められる遺留分(これを個別的遺留分といいます)を計算します。個別的遺留分は、原則として次の算定式によって算出できます。

個別的遺留分の額=総体的遺留分の額×法定相続分の割合

相談例のケースでは、相談者Bさんは被相続人A氏の子ですので、法定相続分は1/2となります。したがって、Bさんの個別的遺留分は、

1000万円(総体的遺留分)×1/2=500万円

ということになります。

遺留分侵害額の計算

続いて、Bさんの遺留分侵害額を求めていきましょう。

一般的な侵害額の計算方式

一般的な遺留分侵害額の計算式は、次のとおりとなります。

遺留分侵害額=個別的遺留分の額-遺留分権利者が受けた遺贈または特別受益-遺留分権利者が相続によって得た財産+遺留分権利者が負担すべき相続債務の額

全財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言がある場合

全財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言がある場合、遺留分権利者の遺留分侵害額の算定に際し、上記計算式にいう「遺留分権利者が負担すべき相続債務の額」についてはどのように考えればよいでしょうか。

この点、全財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言は、通常、積極財産のみならず相続債務も含めて当該相続人に承継させるという相続分指定の趣旨を含むと考えられるでしょう。このため、そうした遺言がある場合、少なくとも相続人間においては、原則として、全財産を取得する相続人が相続債務の全部を承継することになると考えられます。

このことから、かかる趣旨の遺言がある場合、上記の遺留分算定式における「遺留分権利者が負担すべき相続債務の額」は、原則としてゼロとして計算すべきとされています。

相続債務の対外的関係

なお、上記のような負担関係は、あくまで相続人間内部の負担割合の問題であり、相続債権者との関係では、全ての相続人が法定相続割合によって相続債務を負担するもの(但し、相続債権者が遺言の内容に沿った負担割合を承認して請求することも可能)と考えられています。

最高裁判例

上記のことについて、最高裁判所第三小法廷平成21年3月24日判決は、要旨、次のように判示しています。

相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合には、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、相続人間においては当該相続人が相続債務もすべて承継したと解され、遺留分の侵害額の算定にあたり、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されない。

Bさんの遺留分侵害額は?

以上の考え方を前提にすると、

  1. Bさんの個別的遺留分:500万円
  2. Bさんが受けた遺贈や特別受益:0円
  3. 相続によるBさんの取得額:0円
  4. 相続によるBさんの負担債務額:0円

ですので、Bさんの遺留分侵害額は、

500万円−0円−0円+0円

=500万円

ということになります。

まとめ

以上、全財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言がある場合の遺留分侵害額の計算について解説しました。

上にみたように、全財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言がある場合、遺留分侵害額の正しい計算をするためには、相続債務をどのように取り扱うかを理解しておくことが重要です。特に、被相続人が相続税対策でアパートやマンションなどを建設すべく多額の建築資金を借入れていた事案などでは、相続債務の額が大きくなりがちですので、侵害額の計算を大きく左右することにもなり得ます。

この記事が遺留分侵害額の計算でお困りの方のお役に立てば幸いです。また、遺留分の計算についてご不明な点やお悩みの点がある方は、ぜひ一度、当事務所の無料法律相談をご利用下さい。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

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