相続放棄手続きの流れは?必要書類の事前準備や相続放棄後の対応まで
相続放棄の手続きは、実際にどのような流れで進んで行くのでしょうか。また、相続放棄手続きが完了した後にやるべきことはあるでしょうか。 このページでは、相続放棄をすると決断した方に向けて、家庭裁判所での具体的な相続放棄手続きの進め方や、手続き完了後になすべきことについて、弁護士が解説します。
相続放棄するかどうかを迷っている方は:相続放棄するべき?収集する情報や判断基準、注意事項について弁護士が解説
相続放棄とは
まずはじめに、あなたがこれから行おうとしている「相続放棄」とは何かを簡単に説明します。
相続放棄とは、相続人が自己の相続分のすべてを放棄し、被相続人の一切の財産を相続しないものとする手続きです。法律上、相続放棄を行った相続人は、被相続人の死亡時から相続権を持っていなかった(初めから相続人とならなかった)ものとみなされます。
第九百三十九条(相続の放棄の効力)
- 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
このため、例えば被相続人が多額の債務を遺して亡くなった場合でも、その法定相続人は、相続放棄をすることにより、相続債務の引継を拒むことができるのです。他方、当初から相続人ではなかったことになる以上、相続放棄をした相続人が、相続によって被相続人のプラスの財産を取得することもできません。
相続放棄の方式
相続放棄をするには、相続放棄する旨を、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述することが必要です。具体的には、相続放棄の申述書という書類を作成し、これを家庭裁判所に提出する方式となります。
第九百三十八条(相続の放棄の方式)
- 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
注意:これでは正式な相続放棄とは認められません
事実上の相続放棄
遺産分割協議などで、「自己の取り分を主張せず、取得財産をゼロとする代わりに、債務を負担しない」合意をするケースがよくみられます。しかし、このような方式では、正式な相続放棄の効力は発生しません。つまり、こうした共同相続人間の合意だけでは、共同相続人の内部で相続債務を負担しないことにはできても、相続債務の債権者(外部)との関係では、相続人としての責任を免れることはできないのです。結果として、他の相続人が相続債権者に対する支払を怠った場合には、支払を余儀なくされる可能性が高いので注意しましょう。
遺留分の放棄
相続放棄と名前が似た制度として遺留分の放棄という手続きがあります。これは、遺留分権利者が被相続人生前または死亡後に、裁判所の許可を得た上で、自らの遺留分を放棄することを目的とした手続きです。しかし、遺留分の放棄はあくまで、遺留分だけを放棄するものであり、相続人の地位そのものを放棄する手続きではありません。したがって、例えば、被相続人の生前に遺留分の放棄をした相続人が、相続放棄が済んでいるものと誤解して放棄申述を怠った場合、相続債務を承継することになり得ますので注意が必要です。
何を準備する?ー相続放棄の必要書類
相続放棄を家庭裁判所に申述する際には、通常、次の書類が必要となります。なお、詳しくは、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に問い合わせるか、弁護士等の専門家に事前にご相談の上、手続きを行うようにしてください。
1 相続放棄の申述書
相続放棄の申述をする相続人(申述人)や被相続人を特定した上で、申述人が相続放棄をする旨の意思表示を記載する書面です。書式は、家庭裁判所のホームページからダウンロードできます。
2 被相続人の住民票の除票又は戸籍の附票
住民登録が抹消された住民票のことで、これにより被相続人の最後の住所地等を確認できます。住民票の除票は、最後の住所地の市役所や区役所で取得可能です。
3 戸籍謄本等
申述人が相続人であること等を確認するための書類です。相続資格がどのようなものであるかによって、以下のように必要書類が異なります。なお、抄本は不可です。
相続放棄する人が被相続人の配偶者又は子供の場合
- 申述人の戸籍謄本
- 被相続人の死亡の旨の記載のある戸籍謄本
相続放棄する人が被相続人の直系尊属の場合
- 申述人の戸籍謄本
- 被相続人の出生時から死亡時までの戸籍謄本
相続放棄する人が被相続人の兄弟姉妹の場合
- 申述人の戸籍謄本
- 被相続人の出生時から死亡時までの戸籍謄本
- 直系尊属が死亡している場合には、死亡の旨の記載のある戸籍謄本
いつまでに提出すればよい?ー相続放棄の期間
熟慮期間
相続放棄を有効にするためには、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所に対して相続放棄をする旨の申述をしなければなりません。これを相続放棄の熟慮期間といいます。
第九百十五条1項(相続の承認又は放棄をすべき期間)
- 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
ただし、相続財産の調査に時間を要し、相続承認・相続放棄・限定承認のいずれの手続きを選択すべきかについて、判断することが困難な場合もあるでしょう。そのような場合には、相続人は家庭裁判所に対して、熟慮期間を伸長してもらうよう申し立てをします。この申し立てが認められた場合には、3か月の熟慮期間を相当程度伸長することができます。
第九百十五条2項(相続の承認又は放棄をすべき期間)
- 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
熟慮期間の起算点の原則と例外
民法では、相続放棄の熟慮期間は、相続人が、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から起算するとされていますが、これは具体的にどの時点のことをいうのでしょうか。
熟慮期間起算点の原則
この点については、原則として、相続人が相続開始の原因たる事実の発生を認識し、かつ、そのために自己が相続人となったことを認識した時を起算点とするものとされています。通常は、相続人が、ご自身の配偶者や父母が亡くなったことを認識したときということになるでしょう。
熟慮期間起算点の例外
しかし、相続放棄の起算点については、熟慮期間経過後に多額の相続債務が発覚した相続人等の救済ために、判例上、一定の例外が認められています。このため、被相続人の借金が発覚した時点で熟慮期間が経過していたとしても、相続人はあきらめることなく、直ちに弁護士に相談して救済を受けられる余地がないかを検討してみることが重要です。
熟慮期間の起算点に関する判例
最高裁第2小法廷昭和59年4月27日判決は、民法が熟慮期間を「相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知ったとき」から3ヶ月としているのは、これらの事実知った時から3ヶ月も調査をすれば、相続すべき積極及び消極の財産の有無や状況を把握でき、相続放棄・限定承認・単純承認を選択できる前提条件が具備されるからだとします。その上で、このような趣旨からすると、上記の事実を知った相続人が3ヶ月以内に相続放棄や限定承認をしなかったのが、
- 被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり
- 被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるとき
には、例外として、熟慮期間は「相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時」から起算すべきとしています。
なお、このような言い回しからすると、被相続人に少額ではあるものの財産があることを認識していた場合等には例外が認められないかのようにも見えますが、実務的には、家庭裁判所はもう少し緩やかに相続放棄申述受理の可否を判断しているという印象があります。
相続放棄申述の手続きの流れ
1 申述書と関係書類の提出
必要書類が準備できたところで、相続放棄申述書と添付する関係書類を家庭裁判所に提出します。提出先は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。
参考:管轄裁判所を調べる
郵送での提出も可能ですが、熟慮期間内に書類が裁判所に届いていることが必要です。最近の郵便事情では、郵便物の到達までに予想外の日数を要することも少なくありません。そこで、郵送で提出しようという方は、自ら電話等で到達を確認するか、レターパックなど追跡機能のある郵便を利用することをおすすめします。それでも不安という方は、家庭裁判所に書類を持参して提出しましょう。
2 照会書の受領と回答書への記入・提出
相続放棄申述書を提出すると、家庭裁判所から照会書(及び回答書)という書面が送付されてきます。これらの書面には主に、
- 相続放棄の申述人が、本当に相続放棄をする意思があるのか
- 熟慮期間の起算点はいつか
- 法定単純承認に該当する事情がないか
などを確認するための質問事項が記載されています。
家庭裁判所からの質問事項に対する回答を回答書に記入し、家庭裁判所に返送してください。
3 通知書の受領
回答書の提出後、申述内容に特に問題がないという場合には、家庭裁判所から相続放棄の申述を受理した旨の通知書が届きます。
これにより、自身の相続放棄申述手続きが完了したことを確認することができます。
相続放棄手続き後の対応
相続放棄をすると法的にどうなるのか
相続放棄手続きを完了すると、相続放棄の申述をした人は、その被相続人の相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます。では、ある相続人が相続放棄をした結果、その後の法定相続人や相続分はどのように変化するのでしょうか。
配偶者が相続放棄をした場合
- 被相続人の配偶者が相続放棄をした場合、相続放棄後の法定相続人は、血族相続人のみとなります。
- 具体的には、直系卑属(子及びその代襲者)、直系尊属、傍系血族(兄弟姉妹及びその代襲者)のうち先順位の者が、配偶者の分も含め、すべての相続財産を相続することとなります。
血族相続人が相続放棄をした場合
- 血族相続人が相続放棄をした場合、ほかに相続放棄をしていない同順位の法定相続人がいる場合には、誰が相続人となるかという点に変更は生じません(相続放棄をしていない同順位の法定相続人が相続人となります)。但し、法定相続分については、相続放棄をしていない同順位のほかの相続人の相続分が、放棄した人の相続分だけ(複数いる場合は按分して)増加することになります。
- 血族相続人が相続放棄をし、ほかに相続放棄をしていない同順位の法定相続人がいない場合には、新たに次順位の血族相続人が法定相続人となります。例えば、被相続人の子が相続放棄をし、他に被相続人子がいない場合、直系尊属が新たな法定相続人となります。この場合、配偶者と新たな血族相続人の相続分の割合が変化することになりますので注意しましょう。
新たな相続人への連絡
上にみたように、被相続人からみて子や孫、両親という立場にある相続人が相続放棄をし、他に同順位の相続人がいない場合には、相続放棄前には法定相続資格のなかった親族が新たに相続人となることがあります。
このようなケースでは、新たに相続人となった人もまた、相続放棄をするかどうかを判断し、必要とあらば、自分自身の相続放棄申述手続きを行わなくてはなりません。また、新たな相続人が相続放棄をせず、相続財産を承継することを選択する場合には、相続財産を引き継ぐ必要が出てきます。
そこで、血族相続人として相続放棄をした方においては、新たに相続人となる親族に対し、自らが相続放棄手続きをとったことを連絡しておくとよいでしょう。
相続債権者にはどう対応すればよいか?
被相続人が死亡した時点で被相続人に対する債権を有していた個人や法人を、相続債権者といいます。
特定の相続人が相続放棄手続きをしたという事実は、その相続放棄申述を受理した家庭裁判所から相続債権者に自動的に通知されるわけではありません。
このため、相続放棄をした方は、自身が知っている相続債権者には、相続放棄手続きを済ませたことを自ら連絡しておくとよいでしょう。その際、相続債権者には、家庭裁判所書記官が作成した相続放棄受理証明書を送ることで、相続放棄手続きが完了していることを理解してもらうことができます。
相続放棄受理証明書は、家庭裁判所に申請を行うことで、何通でも発行してもらうことができます。手数料は1通あたり150円となります(収入印紙を購入して貼付します)。
なお、相続債権者が、相続放棄の事実を知らず、既に相続放棄をした人に対して請求を行うことがあります。相続人が生前に借金や保証債務を負っていた場合、相続放棄の事実を知らない銀行や信用保証協会などの金融機関が、突然支払いの催告書を送付してくるというようなケースです。
しかし、このようなときでも、決して慌てることなく、催告書に記載のある連絡先に連絡を入れ、自身が相続放棄を済ませていることを伝えれば、通常問題ありません。
相続放棄を撤回・取消しできる?
相続放棄を済ませた人が、その後、「やっぱり放棄するのをやめて遺産を相続したい」と思い直した場合、過去の相続放棄を撤回、あるいは取り消すことができるでしょうか。これは例えば、父がなくなり、長男に遺産を集中させるため、次男がいったんは相続放棄をしたが、後に考えが変わったというようなケースで問題となります。
原則として撤回は認められない
相続人が一度相続放棄をしてしまった場合、原則として、これを撤回することはできません。相続放棄の自由な撤回を認めてしまうと、他の相続人の相続分のみならず、相続人としての地位にまで影響が及び混乱が起きる可能性があるためと考えられます。
第九百十九条1項(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
- 相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項の期間内でも、撤回することができない。
錯誤、詐欺や強迫による取消し
もっとも、相続放棄が他人の詐欺や強迫によってなされた場合、あるいは錯誤によってなされた場合は、一定期間内に、家庭裁判所に対して相続放棄の取消しを申述することにより、相続放棄を取り消すことができるとされています。
第九百十九条2項ないし4項(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
- 2 前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
- 3 前項の取消権は、追認をすることができる時から六箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から十年を経過したときも、同様とする。
- 4 第二項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
まとめ
以上、相続放棄の基本事項について解説しました。相続放棄は、その手続き自体は比較的簡易に行うことができますが、申述人が当初から相続人でなかったことになるという意味で、重大な法律効果を発生する制度といえます。相続放棄をお考えの相続人の方は、相続放棄の制度について十分に理解をしてから手続きに臨むようにしてください。
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