【特別受益】遺産3億円と「生命保険7000万円」を巡る遺留分算定トラブルの行方

「父は弟にばかり有利な遺言を残した。その上、高額な生命保険まで受け取らせていた」

相続の現場で頻繁に耳にするのが、この生命保険金と不公平感にまつわる嘆きです。

一般的に、死亡保険金は受取人固有の財産であり、遺産分割の対象外とされています。しかし、その金額が数千万円、あるいは億単位になったとき、本当にその理屈は通用するのでしょうか。

今回解説するのは、遺産総額3億円超、生命保険金7100万円を巡り、被相続人の二男と亡き長男の子供たち(孫)とが争った最新の裁判例(東京地裁 令和6年3月21日判決)です。

ここには、感情論だけでは語れない「裁判所が不公平を許容する境界線」が明確に示されています。

1. 事案の概要:「7000万円」の火種

今回の舞台は、3億円を超える資産を残して亡くなったお父様(被相続人)の相続です。
登場人物と人間関係を整理しましょう。

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登場人物

  1. 被相続人(父): 3億円規模の資産を残して死亡。
  2. 被告(二男): 父から多くの財産と、高額な生命保険金を受け取った。
  3. 原告ら(孫たち): 既に亡くなっている長男の子供たち。長男に代わって相続(代襲相続)する権利を持つ。
  4. 母(B): 原告らの母で、亡き長男の妻。

トラブルの発端:遺言と生命保険

父は公正証書遺言を残していましたが、その内容は二男(被告)に有利なものでした。

  1. 遺産の配分: 二男に5分の3、亡き長男の家系(原告ら)に5分の2。
  2. 生命保険: 二男を受取人とする生命保険金が合計約7100万円(遺産とは別枠)。

孫たち(原告)はこう考えました。
「叔父さん(二男)は遺産の6割をもらった上に、7100万円もの保険金まで独り占めしている。これは実質的な生前贈与と同じだ。この保険金も遺産に含めて計算し直し、私たちの取り分(遺留分)を増やすべきだ

2. 争点:生命保険金は「特別受益」として計算されるか?

この裁判の最大の争点は、二男が受け取った7100万円の生命保険金を、遺留分算定の基礎となる財産に持ち戻す(加算する)べきか、という点です。

これを法律用語で「特別受益(とくべつじゅえき)」の争いと呼びます。

原告(孫たち)の主張

保険金7100万円は高額すぎる。遺産全体の約20%、金融資産の約37%にもなる。これは著しい不公平であり、民法903条を類推適用して、遺産に持ち戻すべきだ。

被告(二男)の主張

死亡保険金は受取人固有の権利であり、遺産ではない。不公平が「到底是認できないほど著しい」場合しか持ち戻しは認められないはずだ。

3. 裁判所の判断:なぜ「7000万円」は許容されたのか?

結論から言えば、裁判所は「この生命保険金は、計算に含めなくてよい(二男のものとして確定)」という判断を下しました。

孫たちの不公平だという訴えは、なぜ退けられたのでしょうか。ここには、最高裁が示した「特段の事情」の基準が深く関わっています。

① 「遺産総額との比率」の壁

生命保険金を持ち戻しの対象とするには、不公平が「到底是認することができないほど著しい」する必要があります。

今回のケースでは、遺産総額が約3億1000万円あったため、保険金7100万円はその約23%に過ぎませんでした。 一般的に、この比率が高くなればなるほど持ち戻しのリスクは高まりますが、23%程度では著しい不公平とは認定されにくいのです。

② 「介護の貢献」と「同居の利益」

裁判所は、数字だけでなく人間関係の背景も見ていました。
判決文には、孫たち側にとって不利な(=二男側を救う)以下の事実が指摘されています。

  1. 住居の恩恵:孫たちやその母(B)は、被相続人の土地に建てたマンションに居住しており、恩恵を受けていた。
  2. 母(B)の貢献:被相続人の介護を主に行っていたのは、孫たち(原告)ではなく、その母(B)であった。

裁判所は、孫たちが著しく冷遇されているわけではないこと、そして孫たち自身が特別な貢献をしたわけではないことを総合的に考慮し、二男が保険金を受け取っても、到底是認できないほどの不公平とは言えないと結論付けました。

4. 弁護士による解説:適切な「防衛策」と「攻め方」

この判決は、相続対策を考える上で非常に重要な教訓を含んでいます。

【遺す側(親)の視点】生命保険の活用と注意点

生命保険は、特定の相続人に現金を渡す手段として非常に強力です。
今回のケースでも、もし7100万円を生前贈与や預貯金で渡していたら、間違いなく遺留分の対象になっていました。保険という形式だったからこそ、二男は遺留分計算からこのまとまった資金を守り切れたのです。

ただし、総資産に対する比率には要注意です。今回は遺産規模が大きかったため23%で済みましたが、資産規模が小さければ同じ金額でも持ち戻しと判定された可能性があります。

【受け取る側(子)の視点】「不公平」を覆すハードルの高さ

「特定の人だけ保険金をもらって不公平だ」という感情だけでは、裁判所は動きません。それを覆すには、以下の要素を検討する必要があります。

  1. 遺産に対する比率: 保険金が遺産総額の相当部分を占めているか。
  2. 生活実態の格差: 保険金を受け取らない側が、経済的に困窮していたり、被相続人から冷遇されていたりする事実があるか。

今回の原告(孫たち)は、マンションに住まわせてもらっていたことなどが「十分な恩恵を受けている」と判断される材料になってしまいました。

5. まとめ

相続トラブルは、単なるお金の計算ではありません。過去数十年にわたる家族の歴史、介護の苦労、同居の有無などが複雑に絡み合い、裁判所の判断を左右します。

遺言を書こうとしている方、あるいは遺言の内容に納得がいかない方。「不公平だ」と諦める前に、それが法的に是認できないレベルなのか、専門的な分析が必要です。

弁護士法人ポートでは、複雑な背景を持つ相続案件に特化したリーガルサービスを提供しています。トラブルが長期化する前に、まずは一度ご相談ください。あなたの想いと権利を守るための最適解を、一緒に導き出しましょう。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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