【あいまいな遺言書の落とし穴】「住所」で書かれた不動産は「土地」も含むのか?最高裁が下した逆転判決

亡き母が遺した、たった一枚の遺言書。その一文が、残された家族の法廷闘争を引き起こしました。争いの種は遺言の対象とされた、「不動産」という言葉の意味です。
遺言書に書かれた「住所」にあるのは、母が住んでいた「建物」と、その下の「土地」。母が譲りたかったのは「建物だけ」なのか、それとも「土地と建物セット」なのか。
この解釈の違いだけで、相続できる財産の価値は数千万円、あるいは億単位で変わることもあります。今回は、実際の最高裁判例(平成13年3月13日判決)をもとに、遺言書の解釈を巡るトラブルと、裁判所の判断基準について解説します。
1. 事案の概要:母の遺言書
今回の登場人物は、亡くなった母(被相続人)と、その次男(原告)、そして他の親族たち(被告)です。
家族と財産の状況
- 母(被相続人): ある土地と、その上に建つ建物の「共有持分2分の1」を所有していました。
- 次男(原告): 母から遺言で財産を譲り受けたと主張しています。
- その他の親族(被告): 亡くなった長男の妻や子供たちです。彼らは、この土地建物を使って、同族会社を経営していました。
トラブルの火種となった「遺言書」
母は亡くなる約2年前に、自筆証書遺言を作成していました。そこにはこう記されていました。
一見、明確に見えるこの遺言。しかし、ここに大きな落とし穴がありました。
「●●区▲7丁目60番4号」というのは、登記上の地番ではなく、単なる「住居表示(住所)」だったのです。
親族間の主張の対立
母の死後、次男は「土地と建物の両方を譲り受けた」として、他の親族に対して共有物分割(財産分け)を求めました。
これに対し、会社を経営する親族側は猛反発します。
親族側の主張:「この住所表記は建物を指しているに過ぎない。もし土地まで次男に渡してしまったら、会社の経営が成り立たなくなる。母がそんなことを望むはずがない。この遺言は『建物のみ』を指しているはずだ」
実際に、次男と親族側の間には以前から確執があり、反目し合っている状況でした。
2. 裁判所の判断:高裁と最高裁で割れた「解釈」
この事件は、高等裁判所と最高裁判所で判断が真っ二つに分かれました。
高等裁判所の判断(次男の敗訴)
高裁は、親族側の事情を汲み取りました。
「遺言書作成当時の事情(会社の経営に土地が不可欠であることなど)を考えると、母が土地まで次男に譲るつもりだったとは考えにくい。したがって、この遺言は『建物のみ』を遺贈したものと解釈すべきである」
最高裁判所の判断(次男の逆転勝訴)
しかし、最高裁判所はこの高裁の判決を覆しました。
結論は、「遺言書の記載通り、土地と建物の両方を含む」というものでした。
最高裁が挙げた理由は以下の通りです。
- 文言の自然な解釈: 遺言書には単に「不動産」と書かれており、土地を除外するような記載はない。
- 住所の意味: 記載された住所は、母が長年住んでいた自宅の場所を示しているに過ぎず、登記簿上の表記と一致しないからといって、建物だけに限定する理由にはならない。
- 外部事情の排除: 遺言書の記載自体から意思が合理的に解釈できる場合、遺言書に書かれていない事情(会社の経営状況や家族の確執など)を根拠にして、解釈をねじ曲げてはならない。
つまり、最高裁は「外野の事情(会社の都合など)を推測して遺言書を読み替えるのではなく、書かれている言葉を素直に読み取るべきだ」と判断したのです。
3. 弁護士による解説:なぜ最高裁は「書かれた言葉」を重視したのか
この判決は、遺言実務において非常に重要な意味を持っています。ここで、遺言解釈の「原則」と、今回のケースが示した「限界」について少し掘り下げてみましょう。
遺言解釈の原則と限界(昭和58年最高裁判決との関係)
遺言書の解釈については、昭和58年3月18日の最高裁判決がその基本原則を示しています。
遺言の解釈にあたっては、文言を形式的に判断するだけでなく、「遺言者の真意」を探究すべきである。そのためには、遺言書の全記載との関連、作成当時の事情、遺言者の置かれていた状況などを考慮して趣旨を確定すべきである。
この昭和58年判決は、文言が不明確な場合に、形式にとらわれず柔軟に本人の意思を汲み取ることを可能にする画期的なものでした。今回の事例で、高等裁判所が「会社の経営事情」などを考慮して「建物のみ」と判断したのも、この昭和58年判決のアプローチ(事情を考慮した真意の探究)に基づいたものと言えます。
しかし、今回の平成13年判決は、その手法に「待った」をかけました。
昭和58年判決の手法も、あくまで「文言の解釈」の補助手段です。平成13年判決は、「遺言書の記載自体から意思が合理的に解釈できる場合」にまで、書かれていない事情(外部事情)を持ち出して、書かれている文言の意味を曲げることは許されないという「限界」を示したのです。
つまり、「事情を汲み取る(昭和58年流)」のは良いことですが、それが行き過ぎて「書かれていること(不動産=土地+建物)」を否定してはいけない、というのが現在の到達点です。
このケースの教訓
本件の母(遺言者)が、本当に「土地も次男に」と思っていたのか、それとも「建物だけ」のつもりだったのか。
いずれにせよ、曖昧な書き方をしてしまったがために、残された家族が最高裁まで争うことになった事実は本意ではなかったはずです。
- 住居表示(住所)で不動産を特定しない: 必ず登記簿謄本(全部事項証明書)を取得し、「地番」や「家屋番号」で正確に記載する。
- 「土地」と「建物」を明確に書き分ける: 「本件土地及び建物を」と明記する。
もしこのような遺言書を作成することができていれば、ここまでのトラブルにはならなかったものと思われます。
まとめ
「家族ならわかってくれるはず」「これくらい書けば通じるだろう」...このような遺言書作成におけるその油断が、将来の「争族」を招きます。
今回の事例のように、遺言書の解釈が裁判で争われると、解決まで数年単位の時間がかかり、親族間の溝の修復も困難なものとなります。
ご自身の想いを確実に実現するためには、法的に隙のない、正確な遺言書を作成することが不可欠です。「自分の遺言書は大丈夫だろうか?」「親が書いた遺言書の内容が心配だ」など、少しでも不安を感じられた方は、手遅れになる前に、弁護士法人ポートにご相談ください。あなたの状況に合わせた最適な解決策をご提案します。















