医師2人が「大丈夫」と言ったのに...公正証書遺言が「無効」になった本当の理由

  • 「公正証書で作れば、絶対に安心」
  • 「医師に立ち会ってもらえば、認知症でも遺言は書ける」

相続対策を進める中で、このようなアドバイスを受けたことはないでしょうか?特に、親御さんに認知症の症状が出始めている場合、「後で無効と言われないように」と、万全を期して専門家(公証人や医師)を関与させるケースは少なくありません。

しかし、今回紹介する裁判例のように「公証人が作成し、医師2名がお墨付きを与えた遺言」が、裁判で真っ向から否定され、無効になるという事例もあります(東京地裁 令和6年9月11日判決)。

なぜ、一見鉄壁に見える遺言が崩れ去ったのか。今回は、多くの方が陥りやすい「専門家への過信」という落とし穴について、実際の判例を物語形式で解説します。

3つの遺言と認知症の進行プロセス

本件のポイントは、「母の認知症が進行していく中で、誰が主導して遺言書を作らせたか」という時系列の変化にあります。裁判所が認定した事実を整理すると、以下のようになります。

平成25年 2月 遺言① 作成(公正証書)
内容:「全財産を長女に相続させる」
動機:長男夫婦の言動に恐怖を感じ、施設へ避難。長女への感謝。
平成27年頃〜 認知症の症状が顕著に
・被害妄想(「誰かが部屋に入った」など)
・排泄の失敗、直前の記憶がない
平成28年 8月 長男夫婦が介入
・長男夫婦が母を施設から連れ出す
・医師の診断:アルツハイマー型認知症
[長谷川式スケール:14点](中等度以上の認知症)
平成28年10月 遺言② 作成(公正証書)
内容:「全財産を長男に相続させる」(遺言①を撤回)
→ 判決:【無効】(遺言能力なし)
平成29年 7月 成年後見開始の審判
・裁判所が「財産管理能力なし」と判断し後見人を選任
平成30年 4月 遺言③ 作成(公正証書・医師2名立ち合い)
内容:「マンションを長男に相続させる」
→ 判決:【無効】(一時回復とは認められない)

事案の概要

物語の主人公は、母(B1さん)と、その長女(原告)、長男(被告)です。母は夫からマンション一棟や土地などの多額の資産を相続していましたが、晩年は認知症を患い、その財産の行方が姉弟間の争いの種となりました。

1. 当初は「長女に感謝」の遺言

もともと母は、長女を頼りにしていました。長男夫婦とは折り合いが悪く、「怖い」と周囲に漏らすほどでした。

平成25年、母は公正証書遺言(遺言①)を作成します。その内容は「全財産を長女に相続させる」というもの。「長男夫婦からは辛い言動をされた。長女には感謝している」という母の想いが込められていました。

2. 長男夫婦の介入と「逆転」の遺言

しかし、事態は急変します。母の認知症が進行し、施設に入所していた平成28年、長男夫婦が母を連れ出しました。

そして作成されたのが、2通目の公正証書遺言(遺言②)です。内容は前回と真逆の「全財産を長男に相続させる」というもの。この時すでに、母は長谷川式認知症スケール(HDS-R)で14点(中等度以上の認知症)という状態で、直前の出来事も覚えていられない状態でした。

3. 「念には念を」で作られた3通目の遺言

長男側も不安だったのかもしれません。「遺言②は無効になるかもしれない」と懸念し、さらにダメ押しの一手を打ちます。
母について裁判所から「成年後見人」をつける決定が出た後、平成30年に3通目の公正証書遺言(遺言③)を作成させたのです。

法律(民法973条)では、成年被後見人(重度の認知症などで判断能力がないとされる人)でも、「医師2名以上の立ち合い」があり、医師が「今は判断能力が一時的に回復している」と付記すれば、遺言を作成できるとされています。

(成年被後見人の遺言)
第九百七十三条 成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。
2 遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。ただし、秘密証書による遺言にあっては、その封紙にその旨の記載をし、署名し、印を押さなければならない。

引用元:e-Gov法令検索

長男はこの制度を利用しました。公証人に加え、2名の医師を同席させ、「母は正常な判断ができる」というお墨付きのもと、「マンションを長男に相続させる」という遺言を完成させたのです。

公証人+医師2名のお墨付き。形式上は、これ以上ないほど「完璧な遺言」に見えました。しかし、裁判所はこの遺言③をも「無効」と断じたのです。

【裁判所の判断】なぜ「医師のお墨付き」は否定されたのか?

裁判所は、遺言②(長男への全財産譲渡)を「認知症により判断能力がなかった」として無効としました。
そして最大の焦点である、医師2名が立ち会った「遺言③」についても、以下の理由から「無効」と判決を下しました。

1. 医師の専門性と判断方法への批判

立ち会った医師の一人は産業医、もう一人は美容皮膚科医でした。精神科や認知症の専門医ではありませんでした。
裁判で産業医は「母(B1さん)と世間話をしたら当意即妙な反応があった」「長男がしっかり介護している様子を見て、母もそれに報いたいと思っているはずだ」と証言しました。
しかし裁判所はこれを一刀両断。「医学的な根拠がない」「医師の推測に過ぎない」と厳しく指摘しました。

2. 遺言作成現場での「母の迷い」

決定打となったのは、遺言作成時の母の様子(録画記録など)でした。
公証人や医師が「誰に財産をあげたい?」と聞くと、母の答えは二転三転しました。

  1. 「わからない」
  2. 「(長女と長男)二人でいい」
  3. 「女の子(長女)にやったほうがいい」
  4. 「(長男にあげたいと言ってなかったかと誘導されて)じゃあ、長男」

母は自分の財産が何かも把握しておらず、周りの大人たちに「迎合」して、その場しのぎの返事を繰り返しているだけでした。
裁判所は、この状態を見て「事理を弁識する能力(判断能力)を一時回復していたとは認められない」と認定しました。

つまり、いくら医師が「大丈夫」という書類を作っても、本人の発言や振る舞いという「事実」が伴っていなければ、その遺言は紙切れになるということです。

【弁護士の解説】形式よりも「本心」と「事実」

この判決は、相続対策における非常に重要な教訓を含んでいます。

医師2名の立会とは別に遺言能力の有無が判断される

「成年被後見人が遺言をするための特例(医師2名の立ち合い)」は、成年被後見人の方でも遺言ができるようにするための救済措置ですが、あくまで遺言者の能力が一時回復していたことを前提とするものであり、遺言能力のない人に有効な遺言を書かせるための制度ではありません。

今回のように、医師二人の立ち会いという形式が整っていたとしても、遺言能力の有無は別途判断されるということです。 

専門家の肩書きだけでは勝てない

「公証人が作ったから」「医師が立ち会ったから」といって、それだけで遺言が有効になるわけではありません。裁判所が見るのは、あくまで「遺言作成時に、本人に本当に判断能力があったのか」という一点です。

専門外の医師を連れてきたり、誘導尋問のように言わせた遺言は、かえって「無理やり作成させた」という証拠になり、不利に働くことさえあります。

認知症対策は「元気なうち」に

母が最初に書いた「長女への感謝の遺言」は、まだ判断能力がしっかりしていた頃のものでした。もし、その後の長男側の介入を防ぐ手立て(例えば、早めに家族信託を組む、任意後見契約を結ぶなど)を講じていれば、母は晩年、長男夫婦に連れ回され、意味のわからない書類に署名させられるような苦痛を味わわずに済んだかもしれません。

まとめ:モヤモヤを感じたら、すぐ相談を

「親が特定の兄弟に囲い込まれている」
「認知症の親に、無理やり遺言を書かせようとしている動きがある」
「専門家を入れたから大丈夫だと相手方が主張している」

もし、あなたがこのような状況に置かれ、理不尽な思いをしているなら、諦めないでください。今回の判例のように、たとえ相手が公正証書や医師の診断書を盾に取ってきても、緻密な証拠収集と正しい法的アプローチを行えば、真実を明らかにできる可能性はあります。

ただし、これには高度な戦略と、医療記録の精査などの専門的なノウハウが不可欠です。手遅れになってしまう前に、相続・遺言トラブルに強い弁護士法人ポートへご相談ください。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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