借地権の遺産分割
先日父が亡くなりました。母は既に亡くなっているため、相続人は、兄と私となります。私は父と同居していたため、父が所有していた自宅建物を遺産分割で取得したいのですが、実はこの建物は借地上に建っているのです。地主さんは建物を取り壊して土地を返して欲しいような様子ですが、これに応じなくてはならないのでしょうか。借地権の遺産分割について教えて下さい。
被相続人の遺産に建物が含まれ、その敷地が被相続人の所有地ではなく借地であった場合、この建物の相続関係はどのようになるのでしょうか。以下では、借地権の遺産分割について解説していきます。
借地権はどんな権利か
借地権とは
借地権とは、借地借家法2条1号により、「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」のことと定義されています。大まかにいえば、地主から土地を借り、地代を支払って建物を所有している借主が、土地に関して持っている権利としてイメージしていただければよいでしょう。因みに、使用貸借(無償の使用契約)による土地利用権は借地権ではありません。
もう少し細かいことをいうと、借地権の種類には(1)地上権としての借地権と、(2)土地賃借権としての借地権の2種類があり、これらの違いは、前者は物権という物に対する権利、後者は債権という人に対する権利という法的性質の点にあります。もっとも、世間にみられる借地権としては、後者の土地賃借権としての借地権が圧倒的に多いため、このページでは特に断りのない限り、土地賃借権としての借地権を前提とした解説をしたいと思います。
借地権の保護
借地権は、借地借家法という法律によって強力に保護されています。例えば、最低限の存続期間が法定されている、借地権設定者の更新拒絶には正当事由が必要(但し、定期借地権など一定の場合を除く)となるなどです。これらは、旧来、地主と借地人との間の交渉力の差が余りにも大きかったため、借地人を法的に保護することによってその力関係の修正を図ったものとされています。
このような保護がなされていることもあって、借地権は、相当な長期にわたり安定的に土地を利用することのできる権利として経済的・財産的な価値を持つこととなり、不動産市場においても、一般的な取引の対象として認められているのです。
借地権は相続や遺産分割の対象になるか
借地権の相続性
このように財産的価値を有するとされる借地権ですが、土地の借主である借地権者が亡くなってしまった場合、借地権はどうなってしまうのでしょうか。民法では、使用貸借(無料使用契約)の場合は借主の死亡が契約の終了原因とされていることからも気になるところです。
しかし、結論からいえば、借地権は借主の死亡によっても消滅するのではなく、一種の財産権として相続の対象となるものとされています。したがって、借地上に建物を所有していた被相続人が死亡しても、相続人が直ちに建物を取り壊し、土地を貸主に返却する義務を負うことにはなりません。
遺産分割の対象に
相続財産としての借地権は、相続開始と同時に自動的に分割される単純な金銭債権ではないため、遺言により分割方法の指定がなされていない限り、相続開始により相続人の準共有状態(いわゆる遺産共有状態)となります。
このため、最終的な借地権の取得者を確定するためには、相続人によって遺産分割協議を成立させるか、遺産分割調停・審判などの手続きが必要ということになります。
遺産分割における借地権の評価
遺産分割の手続きにおいては、当事者の確定や分割対象財産の範囲の確定に加え、分割対象となる財産の金銭的評価が必要です。特に、相続人のうち一名が借地権及び借地上の建物を全部取得し、他の相続人に代償金を支払う代償分割の事案などでは、この評価問題は非常に重要な論点となり得ます。
では、遺産分割において借地権はどのように評価すべきでしょうか。この点、遺産分割における遺産の評価方法は、原則として分割時を基準とした時価(市場価格)評価となるため、借地権についても、時価による評価を行う必要があります。そして、借地権の時価評価の方法としては、更地(自用地)の時価評価額に借地権割合を乗じる手法が、簡易な評価方法として一般的に利用されています。
この借地権割合は路線価や評価倍率表に従って算出されますが、借地の所在する地域によって借地権割合が異なります。東京の場合であれば、商業地では借地権割合が80%~90%に上ることもありますし、住宅地の場合にはそれよりも低めで60%~70%程度の例が多いでしょう。遺産相続で借地権の評価が問題になりそうな場合には、路線価図や評価倍率表を参照することによって、対象の借地について借地権割合どの程度になりそうかを確認しておくことをおすすめします。
借地権の分割方法
借地権の評価が済んだら、借地権について具体的な遺産分割方法を決める必要があります。遺産分割の方法としては、現物分割、代償分割、換価分割、共有分割などの方法が考えられます。
参考:遺産分割の方法
このうち、実際の遺産分割で比較的多いのは、借地権と借地上の建物を誰か一人の相続人が取得し、借地権を取得した相続人が地主に対して地代を支払っていくというパターンです。代償金の授受がなければ単純な現物分割、代償金が支払われるときは代償分割ということになるでしょう。また、借地権と建物を第三者に売却し(あるいは地主に買取を求め)て代金を分ける換価分割の手法もありますが、この場合には、後述のとおり、借地権譲渡承諾の問題が発生します。
他方で、相続人一人に借地権を取得させずに、複数の相続人間で借地権を準共有させる共有分割という方法も可能ではあります。しかし、この場合、借地の管理方法についてトラブルが発生し、将来他方の相続人から共有物分割請求がされる可能性があることから、あまりおすすめはできません。
借地権の相続と譲渡承諾
土地賃借権による借地権については、これを貸主に無断で第三者に譲渡してはならないという原則があります。もし勝手に借地権の譲渡を行ってしまうと、貸主から賃貸借契約を解除されてしまうリスクがあるということです。では、相続をきっかけとして借地権が移転する場合、このような譲渡承諾は必要でしょうか。
民法第612条(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。
2 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。
結論からいえば、遺産分割によって相続人が被相続人名義の借地権を取得する場合であれば、上記の譲渡承諾を得る必要はありません。相続人が借地権者の地位を包括承継する相続による借地権の移転は、民法612条の規定する譲渡にはあたらないと考えるわけです。
但し、相続きっかけとして借地権が移転する場合であっても、(1)遺言によって借地権を相続人以外の者に遺贈する場合や、(2)遺産分割で換価分割の手法を選択し借地権を第三者に譲渡するような場合には、原則として譲渡承諾が必要となりますので注意が必要です。なお、これらの場合に地主から承諾を得ることができないときは、裁判所の借地非訟手続を利用して借地権譲渡承諾に代わる許可を得るという方法もあります。
参考:借地権譲渡にかかる承諾取得支援(弁護士法人ポート不動産法部門によるサービス)
借地権と相続税
前述のとおり、借地権は不動産取引の対象となる財産的価値のある権利です。したがって、当然、相続税の課税対象にもなります。
相続税の算定においては、定期借地権等の特殊な借地権を除き、路線価方式や倍率方式によって算定した自用地価格に借地権割合を乗じて借地権価格を求めますが、特に都市部においては、そもそも自用地価格が高額な上、借地権割合も比較的高い割合となりやすいため、借地権の評価額が相続税の基礎控除額を超過するというケースは少なくありません。
もっとも、このような場合でも、小規模宅地等の特例は借地権の相続の場合にも適用可能ですので、こうした制度を活用して課税価格の圧縮を図ることになります(相続税申告が必要です)。
まとめ
以上、借地権の相続及び分割について解説いたしました。借地(権)については、他人から借りた土地ということもあり、その財産的価値について誤解をしている方も少なくありません。本記事をお読みになり、借地権の相続を含む遺産分割についてお悩みや困りごとがおありの方は、お気軽に当法人の無料法律相談をご利用ください。