借金の肩代わりと特別受益

父(A)の遺産分割の相続分算定で、相続人である長男の私(X)と次男(Y)との間でトラブルになっています。弟Yは以前、株式の信用取引に失敗して3000万円の借金を作り、これを父に肩代わりしてもらったことがありました。私はこれが特別受益にあたるのではないかと思うのですが、弟は認めないといいます。どう考えればよいでしょうか。

借金の肩代わりと特別受益関係図

借金の肩代わりが特別受益となるか

相続人の借金を被相続人が肩代わりして代位弁済した場合、これが特別受益にあたるかというのが今回のテーマです。民法上、特別受益にあたる財産の無償譲渡として3類型が規定されていますが、借金の肩代わりは、このうち「生計の資本としての贈与」への該当性が問題となります。

そして、特別受益となる「生計の資本としての贈与」に該当するか否かは、被相続人による贈与が、親族間の扶養の範囲を超えた相続財産の前渡しと評価しうるかどうかという点により判断されます。また、その際には、贈与の金額や趣旨のみならず、被相続人の社会的地位や経済状況などが考慮されるのが通常です。

求償権の放棄と特別受益

被相続人による借金の肩代わり(法律用語で代位弁済といいます)が「生計の資本としての贈与」に該当するかどうかは、被相続人が取得した求償権を放棄したかどうかが重要ポイントとなります。

求償権が放棄されていない場合

借金の当事者(主債務者)に代わって別の者(代位弁済者)がこれを支払った場合、代位弁済者は主債務者に対し、肩代わりした分を自分に支払うように求める権利を取得します。これを代位弁済者の求償権といいます。

求償権と特別受益

つまり、元々の主債務者は、代位弁済者が代位弁済を行ったとしても、代位弁済者に対する求償債務を負うことになります。したがって、主債務者は、求償権が放棄されない限り、直ちに肩代わりに相当する利益を得たということにはならないわけです。

求償権の放棄がなされた場合

これに対し、代位弁済者が主債務者に対する求償権を放棄した場合はどうでしょうか。このケースでは、主債務者は、誰にも借金額に相当する支払をする必要がなくなりますので、その分の債務消滅の利益を得たということになります。

したがって、今回の設問でも、被相続人が主債務者である次男に対し、借金を肩代わりしたことによる求償権を免除するなどしてこれを放棄したと認められる場合には、「生計の資本としての贈与」が認められる可能性が高いでしょう。

もっとも、金額の僅少性や、代位弁済や求償権放棄の背景に照らし、相続財産の前渡しと評価できない事情があるときは、特別受益性が否定される場合もあり得ることには注意が必要です。

求償権放棄の認定

以上の枠組みからすると、求償権が放棄されたか否かという点が主張立証上のポイントとなることがわかります。この点、被相続人による免除通知書などが作成されていれば強力な証拠となりますが、家族間のやりとりですので、そのような文書が存在することは少ないでしょう。

もっとも、そのような文書がないからといって求償権の放棄が常に否定されるわけではなく、例えば次のような事情は、肩代わり分の求償権が放棄されたことを認める方向の事情となりうると考えられます。

  1. 長期間にわたり被相続人が求償請求をしないまま権利を放置していたこと
  2. 肩代わり後も被相続人が同一の相続人に対してさらなる追加援助を行っていた場合

いずれにせよ、求償権の放棄に関しては各種事情の総合的な判断となることが予想されますので、この点について遺産分割の際に意見が対立した場合には、弁護士に相談をすることをお勧めします。

設問の場合

設問の事例では、被相続人による求償権の放棄の有無が不明ですが、仮に放棄に値するような事情が存在するようであれば、次男の特別受益が認められる可能性は高いでしょう。その場合、遺産分割における具体的相続分の算定において、特別受益の価額を考慮することになります。

逆に求償権の放棄が認められない場合には、遺産分割でも特別受益は考慮されませんが、求償権自体が相続財産となりますので、長男としては次男に対し、長男が相続した求償権に対する弁済を求めることとなります。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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