相続による権利承継と対抗要件(登記)に関するルール変更【平成30年相続法改正】

平成30年の相続法の改正により、相続で取得した権利についての対抗要件に関するルールが大きく変わりました。このルール変更は、相続人や第三者が法定相続分を超える権利を取得する際の取引の安全性を向上させ、紛争を減少させることを目的とし、従来の判例実務を変更するものです。

本記事では、相続問題を日々担当する弁護士の視点から、平成30年相続法改正による対抗要件に関するルールの変更内容と、それが相続人や第三者与える影響を解説します。

対抗要件とは

対抗要件とは、不動産や債権などの財産の取得などの権利関係を、当事者以外の一定範囲の第三者に対して主張するための条件のことをいいます。

例えば、ある不動産の所有者が同じ不動産を別々の買主に対し二重譲渡してしまったという場合、どちらの買主が対抗要件である登記を先に備えたかを基準として、優先して所有権を得る人が決まります。

なお、ある財産に関する権利の承継を第三者に対抗するための対抗要件は、不動産であれば登記、動産であれば引渡し、指名債権であれば確定日付のある証書による通知というように、具体的な財産の種類によって異なります。

本記事では、対抗要件に関する紛争が生じやすい不動産の相続と登記を念頭に、以下のような事例に即して解説します。

  1. 被相続人:A
  2. 法定相続人:Bが1/2、Cが1/2
  3. 問題となる財産:Aが所有していた甲不動産

相続法改正前の状況

平成30年改正前の相続法では、相続による権利の承継を第三者に対抗するための対抗要件の要否が、判例上、権利取得の理由によって異なるという複雑な状況となっていました。具体的には以下のような取り扱いとなっていました。

ケース1 遺産分割による権利の取得の場合

共同相続人のうちの1名が遺産分割により特定の不動産を取得した場合、自己の法定相続分を超える部分については対抗要件としての登記を備えない限り、その権利取得を遺産分割後の第三者に対抗できない。

これによれば、BとCが遺産分割協議により甲不動産をBが単独取得することとしたが、その後Cが当該不動産についての1/2持分を第三者Dに売却しDが登記を経てしまったという場合、BはDに対して遺産分割協議により甲不動産を全部取得したことを対抗できない(Dの勝利)という結果となります。

ケース2 遺言書による遺贈で権利を取得した場合

遺言書による遺贈によって不動産を取得した者は、その不動産取得について登記を経ないと当該権利の取得を第三者に対抗できない。

これによれば、Eが遺贈により甲不動産を単独取得することとなったが、その登記前にBの債権者である第三者FがBの遺産共有持分を差し押さえた場合、EはFに対して遺贈による甲不動産の取得を対抗できないという結果となります。

ケース3 遺言書による相続分の指定の場合

「Bの相続分を3/4、Cの相続分を1/4とする」などというように、遺言書で法定相続分と異なる相続分の指定がなされた場合、相続人は登記なくして自己の法定相続分を超える部分についての権利取得を第三者に対抗できる。

これによれば、上記のように「Bの相続分を3/4、Cの相続分を1/4とする」というAの遺言があったが、Cが甲不動産について1/2の相続登記をした上でその持分を第三者Gに売却、Gが登記を経てしまったという場合でも、Bは甲不動産について3/4の権利を主張できるという結果となります。

ケース4 特定の財産を特定の相続人に相続させるとの遺言の場合

「Bに甲不動産を単独で相続させる」など、特定の財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言に基づく権利取得の場合、登記がなくとも、法定相続分を超える部分を含めて第三者に対抗できる。

これによれば、上記のように「Bに甲不動産を単独で相続させる」というAの遺言があったが、Cが甲不動産について1/2の相続登記をした上でその持分を第三者Hに売却、Hが登記を経てしまったという場合でも、Bは甲不動産の単独取得をHに対して主張できるという結果となります。

相続法改正による対抗要件ルールの変更点

前記のような改正前の状況では、相続関係や遺言書の内容が不明な第三者が不測の損害を被るリスクがあるという問題がありました。

このため、平成30年の相続法改正では、この問題を解決するため対抗要件に関するルールの変更が行われました。

具体的には、次のような規定が民法899条の2として新設され、相続による権利の承継は、遺言や遺産分割によるものかどうかに関わらず、法定相続分を超える部分については登記等の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗できないこととされました。

(共同相続における権利の承継の対抗要件)
第八百九十九条の二 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
 前項の権利が債権である場合において、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超えて当該債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては、当該債権に係る遺産の分割の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは、共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなして、同項の規定を適用する。

この規定は、改正前の判例による実務のうち、相続分の指定や「相続させる」旨の遺言により共同相続人が法定相続分を超える権利を取得する場合(ケース3及びケース4)の、第三者対抗要件の要否を変更したということになります。

これにより、登記と実態の一致を図り、取引の安全性が向上し、第三者との利害調整が円滑に行われることが期待されています。

改正法の影響と対策改正法の影響

相続法改正による対抗要件ルールの変更は、相続人や第三者に次のような影響を与えるものと考えられます。

相続人に対する影響

相続人にとっては、従前は対抗要件なしに相続による権利の取得を主張し得たケースでも、自己の権利を確保するために対抗要件の具備をする必要があることとされたという点で、権利確保のための負担が増加するということができるでしょう。

第三者に対する影響

他方、第三者にとっては、対抗要件なしに相続人から権利主張され不測の損害を被るというリスクが排除され、取引の安全性が向上するということになるでしょう。また、相続人に対する債権を有する債権者は、遺言の内容に関係なく、速やかに債務者である相続人の遺産共有持分を差し押さえることにより、自己の債権の引き当てとなる財産を確保することが可能となるものと考えられます。

まとめ

以上、平成30年の相続法改正に伴う、相続による権利承継と対抗要件に関するルール変更の内容を解説しました。

今回の改正により、法定相続分を超える権利の取得に関して、権利承継の方法による対抗要件の要否の違いが統一され、より安全な取引が可能となっています。相続に関する遺言書作成や手続きを進める際には、改正法の内容を踏まえた対応が重要です。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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