遺留分侵害額請求権の消滅時効と除斥期間。期間制限にご注意ください。

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遺留分とは、法律で定められた、相続人が最低限受け取るべき遺産に対する取り分のことです。しかし、被相続人が作成した遺言書などによって、結果的に、特定の相続人の取得財産が遺留分に不足する場合があります。そのようなときには、取得額が遺留分に満たない相続人は、ほかの財産取得者に対して、遺留分侵害額請求権という権利を行使することができます。

しかし、遺留分侵害額の権利行使には期間制限があります

遺留分侵害額請求権を行使しないまま、消滅時効や除斥期間という2つの期間のいずれかを過ぎると、遺留分侵害額請求権を行使することはできなくなります。また、いったんは遺留分侵害額請求権を行使した後でも、5年間裁判を起こさないまま放置していると、新たに消滅時効が完成してしまう可能性があります。

今回の記事では、次のような相談事例をもとにして、民法の定める遺留分侵害額請求権の消滅時効及び除斥期間について、その意味や権利消滅の回避方法などを、遺留分事件を実際に担当する弁護士が解説します。遺留分の請求をお考えの方や、遺留分の請求を受けている方は、ぜひ参考にしてください。

10ヶ月前に被相続人の父(A)が亡くなり、母(B)、兄(C)と私(D)が相続人となりました。その後、遺産分割の話を切り出したところ、父が全ての遺産を兄に相続させるという内容の遺言を作成していたことが判明しました。私としては、遺言の無効まで争うつもりはなく遺留分の請求をしたいと思うのですが、遺留分侵害額請求権には時効があると聞きました。大丈夫でしょうか。

遺留分の時効

遺留分侵害額請求権の期間制限とは

遺留分侵害額請求権とは

遺留分とは、一定範囲の相続人が、相続に際して最低限保障されている相続財産の割合のことです。遺留分を侵害された相続人は、遺留分を侵害する贈与や遺贈等によって財産を取得した人に対し、侵害された遺留分に相当する金銭を請求することができます。これを遺留分侵害額請求権といいます。

参考:遺留分の基本知識をわかりやすく解説

今回のケースでいえば、相談者Dさんは、被相続人Aさんの遺産に対し8分の1の遺留分を有しており、その全額が遺言によって侵害されている状態です。

したがって、Dさんは、遺留分侵害する遺言により財産を取得したCさんに対して遺留分侵害額請求権を行使することにより、自身の遺留分を確保することができます。

参考:遺留分侵害額の計算方法を弁護士が解説【具体例付き】

遺留分侵害額請求権の行使には2種類の期間制限がある

しかし、相談者Dさんが心配しているとおり、民法上、遺留分侵害額請求権の行使には期間制限があります。

民法1048条は、遺留分侵害額請求権の行使期限について、次のように規定しています。

(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
第千四十八条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

この規定のとおり、遺留分侵害額請求権の行使については、

  1. 相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知ったときから1年
  2. 相続開始の時から10年

の期間制限があることになります。専門用語で、前者を消滅時効期間、後者を除斥期間といいます。順にみていきましょう。

1年間の消滅時効期間

まず、遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が、次の事実の両方を知った時から1年間行使しない場合、時効によって消滅します(民法1042条前段)。

  1. 相続の開始
  2. 遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったこと

消滅時効期間の起算点-どこから計算して1年か

この1年間の消滅時効については、時効期間をどこからカウントするか、その計算の起算点がしばしば問題となります。

被相続人の死亡から1年以上経過した時点で遺留分侵害額請求権が行使されたような場合には、遺留分権利者がどの時点で「相続の開始」と「遺留分を侵害する贈与又は遺贈」の存在を知ったかによって、遺留分侵害額請求の可否が異なるからです。

ここで「相続の開始」とは、通常は被相続人が亡くなったということです。そして、「遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったこと」とは、侵害額請求の対象となる生前贈与や遺贈の存在だけでなく、それによって自己の遺留分が侵害されるという点も含むと考えられています。

なお、遺留分権利者の認識が起算点の基準とされる以上、遺留分権利者が複数名いる場合には、遺留分侵害額請求権の消滅時効は各遺留分権利者それぞれについて個別に進行します。

贈与や遺贈の無効を訴訟で争っている事案の「知った時」

遺留分権利者が、被相続人による贈与契約や遺言の無効を信じ、これを訴訟で争っているような場合には、直ちに「遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったこと」を知ったことにはなりません。

但し、最高裁第二小法廷昭和57年11月12日判決によれば、被相続人の財産のほとんど全部が贈与されていて遺留分権利者が右事実を認識しているという場合に、「無効の主張について、一応、事実上及び法律上の根拠があつて、遺留分権利者が右無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかつたことがもつともと首肯しうる特段の事情」がない限り、遺留分権利者は贈与が減殺することのできるものであることを知つていたものと推認するのが相当であると判示しています。この最高裁判例は、平成30年の相続法改正前の遺留分減殺請求に関するものですが、基本的には、同改正後の遺留分侵害額請求の事案にも妥当するものと考えられます。

このことからすると、遺留分権利者としては、贈与や遺言の無効を主張する場合でも、贈与や遺言の存在を知った段階で、予備的な遺留分侵害額請求通知(仮に、贈与や遺言が流行であったとしても、遺留分侵害額請求をするとの意思表示)を行っておくのが安全です。

相談例のケースでは...

Dさんが父Aさんの死亡と全遺産を兄に相続させるという遺言の存在の両方を知った時点が、時効の起算点とされる可能性が高いでしょう。

したがって、Dさんとしては、その時点から1年以内に遺留分侵害額請求権を行使する必要があります。

相続開始から10年の除斥期間

除斥期間とは

遺留分侵害額請求権については、1年の消滅時効とは別に、相続開始から10年間の除斥期間が定められています(民法1042条後段)。

除斥期間とは、時効と似た制度ではありますが、主に法的安定性の確保という観点から、一定期間の経過により権利を消滅させる制度です。ポイントは、遺留分権利者の認識に関係なく、被相続人の死亡による相続の開始の事実をもって、期間の進行が開始するということです。また、更新(中断)による期間のリセットもありません。

このため、遺留分権利者となる相続人が、そもそも被相続人が死亡したことを知らなかったり、遺留分を侵害する贈与・遺贈の存在を知らなかったとしても、被相続人の死亡から10年が経過した場合には、遺留分侵害額請求権の行使ができなくなります。

遺留分侵害額請求権の除斥期間が問題となるケース

今回の相談例のケースでは、10年の除斥期間は特段問題になりそうもありません。

しかし、例えば、被相続人の前妻との間に子がいたものの、前妻と被相続人の離婚後は音信が途絶えていたというような事例では、被相続人が後妻の子らに遺産を全部相続させる旨の遺言をして死亡したが、遺留分権利者である前妻との子が被相続人の死亡を長期間知らないまま10年が経過したため、この除斥期間が完成するというような場合が考えられます。

こうしたケースで除斥期間による権利行使機会を逸しないためには、遺留分権利者となる可能性のある前妻の子の側において、少なくとも数年に1度は戸籍を調査するなどし、実父の生存を確認するようにしておくとよいでしょう。

遺留分侵害額請求権を「行使」して期間制限を回避するには?

遺留分侵害額請求権は、一方の意思表示によって法律上の効果を発生させることのできる権利(これを形成権といいます。)です。そのため、遺留分侵害額請求権を「行使」するには、遺留分侵害額請求の相手方を特定し、その相手方に対して遺留分侵害額請求をする旨の意思表示を行えばよいということになります。

もっとも、対象となる可能性のある複数の贈与や遺贈がある場合には、弁護士に相談するなどして、意思表示の相手方を正しく選択するようにして下さい。ここで請求の相手方を間違えると、遺留分侵害額請求権を行使したことにはならず、結果として、消滅時効が完成してしまう可能性もあるためです。

 参考:誰が支払いを負担する?遺留分侵害額請求の相手方・請求先

なお、誰が遺留分侵害額を負担するかという問題は、贈与や遺贈の対象となった財産を調査し、その評価額が判明して初めて計算可能となります。このため、時効完成までに正しい通知先を判断するための時間や資料がない場合には、念のため、対象となる可能性のある相手にはすべて侵害額請求通知を行っておくという方法もあります。

請求はできるだけ「被相続人の死亡から1年以内」に「配達証明付き内容証明郵便」で

遺留分侵害額請求権の行使に期間制限があることは以上のとおりですが、遺留分に関する紛争を取り扱う弁護士の立場からすると、遺留分侵害額請求権の行使はできる限り

  1. 被相続人の死亡から1年以内に
  2. 配達証明付き内容証明郵便で

行うことをお勧めします。

被相続人が死亡してから1年以内であれば、遺留分侵害額請求権につき消滅時効が完成するということはあり得ない(消滅時効期間の起算点が争点となりえない)ため、時効の成否という点の争いを避けることができます。

また、配達証明付き内容証明郵便の方法で遺留分侵害額請求の意思表示を行うことで、通知の有無やその時期についての争いを避けることができます。口頭やメール等での意思表示も理論的には有効な意思表示となり得ますが、その後法的紛争となった場合に、相手方から通知を受けていないなどという反論をなされる可能性も考慮して、証拠が残る上記のような方法を取ることをお勧めします。

(遺留分侵害額請求通知書の例)

通知書

被通知人 港太郎 殿

〒123-4567 東京都●●区1丁目2番3号

電話番号:03-4567-8910

通知人 港二郎 

〒234-5678 埼玉県●市4丁目5番6号

電話番号:045-2345-6789

 私は、令和4年1月●日に死亡した母港花子(以下「被相続人」といいます)の法定相続人であり、民法1043条1項所定の遺留分を算定するための財産の価額の4分の1を遺留分として有しておりますが、被相続人の遺言により私の遺留分が侵害されています。そこで、民法1046条1項に基づき、私は貴殿に対し、遺留分侵害額を返還することを請求します。

なお、具体的な金額については、現在検討中ですので、追って通知いたします。

また、本件に関するご連絡等は、上記の電話番号またはメールアドレス(xyz@abc.com)までお知らせください。

以上

令和4年12月●日

通知人 港ニ郎 印

遺留分侵害額請求の権利行使期限が迫っている事案では、上記のような最低限の内容で構いませんので、まずは侵害額の負担者に対する権利行使の意思表示を行うことが必要です。

請求後も注意!請求後の金銭債権には5年の消滅時効期間が適用される

遺留分侵害額請求権はいわゆる形成権(一方の意思表示により法律効果を発生させることのできる権利)であることから、ひとたび遺留分侵害額の通知を行うと、遺留分権利者は遺留分侵害額の負担者に対し、侵害額に相当する金銭の支払請求権を取得します。

そして、この金銭の支払請求権については、民法166条1項1号が定める債権一般についての消滅時効のルールも適用され、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間※1行使しない場合には、時効によって消滅するものとされています。

(債権等の消滅時効)
第百六十六条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

引用元:e-Gov法令検索

そして、この規定による消滅時効の完成を阻止するためには、遺留分権利者が原告となって、侵害額の負担者を被告とする遺留分侵害額請求訴訟という裁判を提起する方法があります。

※1 法改正により現在は消滅時効期間が5年ですが、2020年3月31日以前に遺留分侵害額請求権を行使した事案では、消滅時効期間が10年となります。また、2019年6月30日以前に「遺留分減殺請求権」を行使した事案では、遺留分権利者が当然に金銭債権を取得するという仕組みではなかった(現物返還が原則)ため、異なる取り扱いとなります(詳しくはご相談ください。)。

まとめ

遺留分侵害額請求権の時効や除斥期間によりその行使ができなくなってしまうと、遺留分権利者は、遺産について最低限の取り分さえも取得できないことになってしまいますので注意が必要です。遺留分侵害額請求権の時効や除斥期間についてお悩みの方にとって、本記事がお役に立てば幸いです。

また、遺留分侵害額請求の行使に関しては、誰に対して請求すればよいのか、侵害額通知の内容はどのようにすればよいのかなど、他にも抑えておくべきポイントがたくさんあります。遺留分の時効や除斥期間だけでなく、これらの問題についてもお困りの方は、ぜひ当事務所の無料法律相談をご利用ください。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

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