請求できるケースもある?相続放棄と相続債権回収について弁護士が解説

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「お金を貸していた人が亡くなった。相続人に支払いを求めたが、相続放棄したので支払えないと言われた。」

このように、亡くなった人(被相続人)に対して貸金や損害賠償などの請求権を持っている人のことを、相続債権者と言います。

相続債権者は、亡くなった人の相続人が家庭裁判所で相続放棄の申述手続を行うと、相続放棄をした相続人に対して、相続債権の請求をなし得なくなるのが原則です。このような場合、泣き寝入りするしかないと考える相続債権者の方も多いかもしれません。

しかし、原則があれば例外もあります。この記事では、相続債権者が、相続放棄をしたと主張する相続人に対して、相続債権の請求をできる場合について解説します。

家庭裁判所で正式な相続放棄がなされていない場合

相続放棄は、家庭裁判所で正式に相続放棄申述手続きを行うのでなければ、そもそも法的な効力を生じません。つまり、家庭裁判所の相続放棄申述手続をしていない相続人に対しては、相続放棄をしたと主張されても相続債権の請求をすることができます。

相続放棄をしたと誤解しがちなケース

特に、次のようなケースでは、正確な知識を欠いた相続人が「自分は相続放棄をした」と主張するようなこともあります。しかし、これらのケースでは正式な相続放棄手続きがなされていない以上、その相続人の相続分に応じた相続債権の請求が可能です。

1 事実上の相続放棄

遺産分割協議に参加したものの、一切の相続財産を取得しなかった相続人が、そのことをもって相続放棄済みだと主張することがあります。これは、いわゆる事実上の相続放棄というものです。

事実上の相続放棄は、プラスの財産を引き継がないという点では、正式な相続放棄と同じ意味を持ちます。しかし、マイナスの相続財産(つまり相続債務)に関しては、そうではありません。

家庭裁判所で行った正式な相続放棄をした場合と異なり、事実上の相続放棄をした相続人は、自己の相続分に対応する部分に関しては、相続債権者からの請求には応じざるを得ません。その上で、遺産分割協議において他の相続人が全ての相続債務を負担することを約束していた場合には、その相続人に求償を行うことになります。

2 遺留分放棄

遺留分の放棄は、被相続人の生前または死亡後に、裁判所の許可を得て、(推定)相続人が自分の遺留分を放棄する制度です。

まれに、被相続人の生前に遺留分放棄を行った相続人が、相続債権者からの請求に対して、相続放棄済みであるという主張をすることがあります。

しかし、遺留分放棄と相続放棄は名前は似ているものの、その法律効果は異なります。遺留分放棄をしたからと言って、相続人としての地位は失われないというのがここでのポイントです。

したがって、遺留分放棄をしたが相続放棄をしていない相続人は、自己の相続分に対応する部分に関しては、相続債権者からの請求には応じざるを得ません。

相続放棄申述受理証明書で確認を

では、相続債権者は、特定の相続人につき家庭裁判所で相続放棄手続きがなされたかどうかを、どのように確認すればよいでのでしょうか。

もっとも簡易な確認方法は、相続放棄をしたと主張する相続人に対し、相続放棄申述受理証明書の交付を求めることです。相続放棄申述受理証明書は、家庭裁判所書記官が作成する書類で、特定の相続人が相続放棄申述をし、家庭裁判所に受理されたことを証明するものです。相続放棄をした本人であれば、家庭裁判所に申請をすることによって簡単に取得することができます。

他方、相続放棄をしたと主張する相続人が証明書の提出に応じない場合、相続債権者は、本当に相続放棄手続きがなされたのかどうかを自ら家庭裁判所に照会調査することもできます。この場合には、被相続人に対して債権を持っていたことを示す資料を添えて、家庭裁判所に照会申請をすることで、照会対象者が相続放棄や限定承認の申述をしたかどうかということを家庭裁判所が回答してくれるのです。

有効な相続放棄がなされていない場合

次に、家庭裁判所で相続放棄申述が受理されているが、実際には、その申述が有効なものではないため、相続債権者の権利行使が可能となる場合があります。

家庭裁判所の「受理」は有効性を確定するものではない

相続放棄をしたと主張する相続人から「相続放棄申述受理証明書」の交付を受ければ、ほとんどの相続債権者は、それは有効な相続放棄のお墨付きであり、その相続人に対する請求の可能性はゼロと感じることでしょう。しかし、そこには大きな誤解があります。

なぜなら、相続放棄申述受理証明書は、あくまで家庭裁判所が相続放棄申述を「受理」したことを証明するだけで、その相続放棄が「有効」であること確定するものではないとされており、しかも、家庭裁判所は相続放棄を却下すべきことが明らかな場合を除き、申述を受理するのが相当であるとされているからです。

東京高裁令和元年11月25日判決

「なお,付言するに,相続放棄の申述は,これが受理されても相続放棄の実体要件が具備されていることを確定させるものではない一方,これを却下した場合は,民法938条の要件を欠き,相続放棄したことがおよそ主張できなくなることに鑑みれば,家庭裁判所は,却下すべきことが明らかな場合を除き,相続放棄の申述を受理するのが相当であって,このような観点からしても,上記結論は妥当性を有するものと考えられる。」

つまり、家庭裁判所が相続放棄申述をいったん受理したとしても、そこに何らかの問題があり、有効な相続放棄がなされたといえない場合には、相続債権者は、相続放棄をしたと主張する相続人に対して相続債権の請求をすることができます。

主なケースは「熟慮期間の経過」と「法定単純承認」

相続放棄申述が受理されているにもかかわらず、相続債権者が権利行使できるケースは、主に次の2パターンです。

  1. 熟慮期間の経過
  2. 法定単純承認事由の発覚

1 熟慮期間の経過

家庭裁判所に対する相続放棄の申述は、相続人が「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」に行わなければなりません。これを相続放棄の熟慮期間といいます。

被相続人がなくなった時から3ヶ月以内に相続放棄がなされたのであれば、その相続放棄が熟慮期間をオーバーしているということはあり得ません。

しかし、被相続人が亡くなったときから3ヶ月経過後になされた相続放棄については、相続放棄の申述者がいつ「自己のために相続の開始があったことを知った」のか、すなわち熟慮期間の起算点が問題となります。そして、熟慮期間の起算点については、相続人の主観的な認識が基準となるため、本来は熟慮期間が経過した不適法な相続放棄申述であっても、家庭裁判所が正しい起算点を把握できないままこれを受理してしまうということがあり得るのです。

例えば、相続人が被相続人と同居するなどし、相続債務の存在を用意に調査・把握することが期待できたにもかかわらず、被相続人の相続開始後2年ほどしてから相続放棄申述を行ったという事案で、家庭裁判所ではいったん相続放棄が受理されたにもかかわらず、その後相続債権者からの権利行使が認められたという裁判例もあります。

2 法定単純承認事由が発覚した場合

相続人が次の行為をした場合、民法921条により、相続人は単純承認をしたものとみなされます。

  1. 相続財産の全部又は一部の処分をしたとき(但し、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸を除く)。
  2. 相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき(但し、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。)

これらの事情は法定単純承認事由と呼ばれ、相続人が法定単純承認事由に該当する行為をしてしまった場合には、有無をいわさず単純承認することが決まるという仕組みとなっています。

したがって、例えば、家庭裁判所が相続放棄の申述を受理したとしても、その後に、相続債権者が法定単純承認事由に該当する事実及びその証拠を把握することができれば、有効な相続放棄手続がなされていないことを主張して、その相続人の相続分に応じた相続債権の請求をすることが可能となります。

どうやって請求すればよいか?

これまでにみた事情がある場合、相続債権者が相続放棄をしたと主張する相続人に対して、どのような方法で相続債権の請求をすることになるでしょうか。

そもそも家庭裁判所での相続放棄手続きがなされていないケースや、明確な法定単純承認事由が存在するようなケースでは、相続人に対して有効な相続放棄は認められないことを再度説明し、相続債権の支払いを求める交渉をしてみる価値はあるでしょう。

しかし、交渉が上手くいかない、あるいは熟慮期間の起算点や法定単純承認事由該当性の有無に関する解釈上の争いとなるようなケースについては、相続債権者が相続人に対して相続債権の支払請求訴訟を提起し、裁判手続の中で、相続放棄の有効性についての判断を求めることが考えられます。

相続放棄をした相続人への請求ができないときは?

有効な相続放棄がなされた場合、相続放棄をした人は当初から相続人でなかったということになり、その人への請求は不可能ということになります。

しかし、相続放棄がなされたということは、相続債権そのものが消滅することを意味しません。

相続債権者は、次の段階として、以下のような方法での債権回収を検討することとなります。ここでは概要のみ説明します。

  1. 相続放棄をしない他の相続人への請求
  2. 相続財産管理人への請求
  3. 保証人への請求
  4. 配偶者に対する日常家事債務の請求

1 相続放棄をしない他の相続人への請求

相続放棄がなされた場合、相続放棄の申述者が当初から相続人でなかったものとみなして相続人及び相続分が決まることとなります。また、一定の事案では、特定の相続人による相続放棄により、新たな相続人が発生するというケースもあります。

このため、相続債権者としては、相続放棄をしていない他の相続人に対する相続債権の請求を検討することとなります。

2 相続財産管理人への請求

全ての相続人が相続放棄をし、被相続人の遺産を相続する者がいなくなった場合、その相続財産全体が法人となります(これを相続財産法人といいます)。

相続財産管理人は、利害関係人や検察官の申立により、家庭裁判所の選任を受け、相続財産法人についての管理・処分をする人のことです。

相続債権者は利害関係人として相続財産管理人の選任申立を行った上、家庭裁判所が選任した相続財産管理人に対し、相続債権の支払いを求めることができることとなります。

但し、相続財産管理人の選任申立に際しては、一定の予納金の納付が必要となる事案が多く、また、相続財産が債務超過の場合には回収可能額が低額となるリスクもありますので、慎重な検討が必要です。

3 保証人への請求

相続債権について保証人がいる場合には、その保証人への請求を検討します。

なお、相続放棄をした相続人であっても、その人自身が被相続人の借金等について別途保証契約を締結している場合には、保証人としての固有の責任を免れることはできません。

4 配偶者に対する日常家事債務の請求

民法761条により、被相続人が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、その配偶者は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負うとされています(ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、連帯責任は発生しない。)。

したがって、相続債権者の債権が、被相続人の日常の家事に関してなされた法律行為[1]によるものであるときは、被相続人の配偶者が相続放棄をしていたとしても、上記の規定に基づき、配偶者に対する支払いを請求することができます。

[1]一般的には、食料品や日用品の購入、娯楽、保険、医療に関する契約などですが、夫婦の資産収入その他の事情によって個別に判断されます。

まとめ

以上、相続債権者からみた相続放棄と債権回収の関係について解説してきました。

相続放棄をしたという理由で支払いを拒否された相続債権者の方は、「相続放棄」の一言を聞いただけで諦めるのではなく、本記事を参考に、

  1. 家庭裁判所での手続きがなされたか
  2. 相続放棄の有効性に影響する事情はないか
  3. 相続放棄をした人以外への請求の余地はないか

などのポイントについて検討してみてはいかがでしょうか。思いもよらない債権回収の活路を見出すことができるかもしれません。

弁護士法人ポートでは、相続債権の回収に関する法律相談・ご依頼をお受けしております。相続債権の回収についてお困りの際は、ぜひ当事務所までお問い合わせください。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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