相続債務(借金)を引き継がずに自宅を残すには?相続放棄・限定承認の活用法

家族で同居していた自宅土地・建物の所有名義人が亡くなった場合、多くの相続人が、相続開始前からの同じ不動産への継続居住を希望されます。

しかし、次の相談例のように被相続人が多額の相続債務(借金)を残して亡くなった場合、相続人が自宅を確保するためにはどのような方法を取りうるでしょうか

この記事では、相続弁護士の視点から、こうしたケースで相続債務の承継を回避しつつ自宅を残すための3つの方法と、それらのメリット・デメリットを解説します。

<相談例>

  1. 父は、個人事業で作った1億円の借金を残して先日亡くなりました。
  2. 遺産は自宅の土地・建物(2000万円相当)と、200万円ほどの預貯金がありますが、上記1億円の借入金があるため、資産を負債が大幅に上回っている状態です。
  3. なお、自宅の住宅ローンは、団体信用生命保険により完済となりました。
  4. 相続人は、母と息子である私の2名です。私は会社勤めをしており、父の事業を引き継ぐ予定はありません。
  5. 私も母も、父の借金を引き継ぐことは避けたいと考えていますが、父名義の自宅には母と私が同居しているため、自宅の土地・建物だけは何とか残すことを希望しています。
  6. なお、生前の父は生命保険に加入していたため、近々、母が3000万円の保険金を受け取る見込みです。

単純承認を選択するとどうなる?

自宅を残す一般的な方法として考えられるのは、相続人が、自宅不動産や借金をまるごと引き継いでしまうという選択肢です。これは単純承認という相続方式で、もっとも多く見られる相続の方式ということができます。

単純承認のメリット・デメリット

単純承認の方式を選択するメリットは、家庭裁判所に書類を提出する必要もなく簡便に相続ができるという点です。自宅不動産の確保という意味では、相続人間で誰を自宅の取得者とするかを決めて遺産分割協議を成立させ、相続登記の申請をして不動産の名義を被相続人から相続人に移転することで足ります。

しかし、単純承認の方式による相続では、大きなデメリットがあります。それは、単純承認を選択した相続人は、被相続人のプラスの財産だけでなく、マイナスの相続財産である相続債務(借金)についても全面的に引き継ぐことになってしまうという点です。

相続債務が大きい場合にはリスクが大きい

このため、単純承認によって自宅を相続できたとしても、その後に引き継いだ相続債務返済の目途が立たない場合、相続人は、相続人固有の財産から返済資金の拠出を余儀なくされたり、最悪のケースでは、相続債務返済のために自宅不動産の任意売却や競売を強いられる可能性も否めません。

こうしてみると、相談例のケースのように、プラスの相続財産の額を大幅に上回るような相続債務が存在する事案では、単純承認の方式による自宅の相続は相続人にとって大きなリスクがあるということになります。

相続放棄や限定承認を活用する3つの方法

そこで、以下では、遺族が相続放棄や限定承認を活用し、相続債務を引き継ぐことなく居住不動産を確保する方法を3つ紹介します。

  • 1.相続放棄後に相続財産清算人から買い取る方法
  • 2. 競売に入札して落札する方法
  • 3. 限定承認後に先買権行使する方法

1. 相続放棄後に相続財産清算人から買い取る方法

第1の方法として考えられるのは、相続放棄を活用し、相続財産清算人から自宅不動産を買い取るという方法です。

この方法では、相続放棄により、相続人が故人の借金や他の負債を引き受ける必要がなくなります。他方、相続放棄によって法定相続人が存在しない状態となった場合、利害関係者の申立てによって相続財産清算人が家庭裁判所から選任されます。相続財産清算人は、相続財産の管理や処分を行う権限があるため、この相続財産清算人から遺族が自宅を買い戻すことにより、住み慣れた住環境を維持することが可能となります。

しかし、この方法の場合、(他に申立人がいなければ)遺族が自ら相続財産清算人の選任申立て手続きを行う必要があります。また、遺族は相続財産清算人との買取り交渉を行わなければならず、買取る権利が法的に保障されているわけではありません(交渉決裂のリスクも一応あります)。また、遺族は、自宅を買い戻すための資金を相続財産外から調達しなければなりません。

2. 競売に入札して落札する方法

第2の方法として考えられるのが、相続放棄後、自宅の競売手続きに参加し、入札者として自宅を落札する方法です。

第1の方法と同様、相続放棄をすることで、遺族は相続債務の承継を回避することができます。他方、相続放棄をしても、遺族は自宅の競売手続きに参加してこれを落札することができます

この方法では、競売手続きは通常、相続債権者の主導で行われますので、相続財産清算人の選任申し立てや、相続財産清算人の買戻し交渉といった遺族の手間は省けます。また、競売の結果、自宅を市場価格以下で落札できる可能性もあります。

しかし、競売プロセスは不確実であり、他の競売参加者が現れた場合、遺族が自宅を落札できないというリスクが存在します。また、自宅を買い戻すための資金を相続財産外から調達しなければならないのは、第1の方法と同様です。

3. 限定承認後に先買権行使する方法

第3の方法として考えられるのは、限定承認の申述を行った上で、先買権を行使して自宅を買い取る方法です。

限定承認をすると、相続人は、相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を弁済すればよいため、結果的に相続財産だけで相続債務の弁済ができなかったとしても、相続人が自己の固有財産をもって残部の支払いをする必要はありません(この意味で、実質的に借金の引き継ぎはしなくて済みます。)。他方、限定承認手続においては、原則として相続財産は競売によって現金化されますが、相続人(限定承認者)には、特定の相続財産を鑑定人の定める価格で買取ることのできる権利(これを先買権と言います)が認められています。相続人は、この先買権を行使することによって、競売を避け、優先的に自宅を取得することができるのです。

この方法によれば、相続人が鑑定価格に応じた資金を用意することで、確実に自宅不動産を取得することができるため、その他の方法にみられるような不確実性リスク(相続財産清算人との交渉決裂や競売で落札できないリスク)を回避できます。

もっとも、限定承認については、法定相続人全員が共同で申し立てる必要があること、相続財産の換価や相続債権者への弁済といった複雑な作業を相続人主導で行う必要があることなど、手続上の時間・労力負担はもっとも大きくなる傾向があります。自宅を買い戻すための資金を相続財産外から調達しなければならないのは、第1,第2の方法と同様です。

生命保険金を使って自宅の買い取り資金を確保

自宅を買い取るための資金調達には、故人が加入していた生命保険金を活用する方法があります。

通常、生命保険金は相続財産に含まれず、受取人の独自の財産とみなされます。これにより、遺族は相続放棄や限定承認をしても生命保険金を受け取ることができ、この保険金を相続債務の返済に使う必要がありません。

この特性を利用すると、本記事で紹介された自宅買い戻しの3つの手法において、生命保険金で必要な資金を得ることが可能です。つまり、生命保険金は、相続債務に関わることなく、自宅を維持するための貴重な資源となり得るのです。相談例のケースでも、上記のような手法を選択し、生命保険金を使って自宅の買い取り資金に充てることで、ご自宅への居住継続を確保できる可能性が十分にあるでしょう。

まとめ

本記事では、遺族が相続債務を引き継がずに自宅を保持するための3つの方法を紹介しました。

相続放棄を選択し、相続財産管理人から自宅を買い戻す方法、限定承認後に先買権を行使して自宅を買い取る方法。そして、相続放棄後の競売に参加して自宅を落札する方法です。これらの方法は、相続債務に直面している相続人にとって、自宅を維持しつつ債務から解放される有効な選択肢を提供します。さらに、生命保険金を買い戻し資金として活用することで、これらの手法を実行する際の財政的なサポートを得ることができます。

それでもなお、各家庭の状況は異なるため、一つ一つのケースに最適な解決策を見つけるには専門家の意見が不可欠です。弁護士法人ポートでは、遺産相続に関する複雑な問題を解決するための専門的なアドバイスを提供しています。相続債務の管理、自宅の維持などについてのご相談があれば、ぜひ当事務所にお問い合わせください。経験豊富な弁護士が、あなたの状況に合わせた適切なサポートを提供いたします。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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