生命保険金と相続:知っておくべき重要ポイント

自営業で飲食店を経営していた父が先日亡くなりました。私(A)と弟(B)が相続人でしたが、父には事業で作った多額の負債があったため、私は相続放棄をしました。その後、父が生命保険に加入し、私を受取人に指定していたことがわかったのですが、私は生命保険金を受け取ることができるのでしょうか。
相続問題で頭を悩ませているAさん。父親が残した借金を理由に相続放棄をしましたが、その後、父親が生命保険に加入していて、Aさんが受取人に指定されていたことが判明しました。「相続放棄をしたのに、生命保険金を受け取ることはできるのだろうか?」そんな疑問を抱えたAさんのケースは、実は珍しくありません。
生命保険金と相続の関係は、基本的な考え方を理解すれば、その仕組みは意外にシンプルです。重要なポイントは、生命保険金は原則として相続財産には含まれないということです。これは、生命保険契約の特殊性に由来しています。
本稿では、相続手続きにおける生命保険金の位置づけや取り扱いについて、弁護士が知っておくべき重要ポイントを解説します。
1. 生命保険契約の基本
まずは、生命保険契約がどのような契約か、その基本的な部分を確認しておきましょう。
生命保険契約の特徴
生命保険契約には、以下のような特徴があります。
- 被保険者の生死を保険事故とする
- 保険契約者が保険料を支払う
- 保険事故発生時に受取人に対し保険金が支払われる
保険金受取人の指定
生命保険契約では、保険金受取人を指定することができます。この指定には以下のような方法があります:
- 特定の個人を指名する(例:「長男 山田太郎」)
- 関係性で指定する(例:「配偶者」「子」)
- 「相続人」と指定する
また、保険金受取人の指定は、契約時に行うのが一般的ですが、後から変更することも可能です。さらに、遺言で保険金受取人を変更することもできます。
2. 生命保険金は相続財産か?
生命保険金と相続の関係を考える上で、最も重要なポイントは「生命保険金は原則として相続財産には含まれない」ということです。この原則を理解することで、相続に関する多くの疑問が解消されます。
最高裁昭和40年2月2日判決
昭和40年2月2日の最高裁判決は、養老保険契約の死亡保険金を包括受遺者が取得できるかが問題となりましたが、次のような判示をしています:
保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人を特に指定した場合には、右請求権は、保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり、被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているものといわねばならない。
この判決は、以下のような考えに基づき、生命保険金が相続財産に含まれないことを明確にした重要な先例となっています。
- 保険金受取人を指定することで、保険金受取人は、被保険者の死亡と同時に保険金請求権を原始的に取得する(いわゆる他人のための保険契約)
- つまり、保険金請求権は、いったん契約者や被保険者に帰属した上で、受取人に承継されるわけではない
- したがって、保険金請求権は被保険者の相続財産には含まれない(被相続人の遺産から離れている)
特定の受取人が指定されている場合
例えば、Aさん(父)がBさん(長男)を保険金受取人に指定していた場合を考えてみましょう。この場合:
- Aさんが死亡した時点で、保険金請求権は直接Bさんに帰属します。
- この保険金請求権は、Bさんの固有財産となります。
- Aさんの他の相続人(例:配偶者や他の子供)やAさんの債権者は、原則としてこの保険金に対する権利を主張できません。
受取人が「相続人」と指定されている場合(最高裁平成6年7月18日判決)
保険金受取人を「相続人」と指定するケースも少なくありません。この場合、誰がどのように保険金を受け取るのか(特に、相続人が複数の場合)について、最高裁平成6年7月18日判決が重要な指針を示しています:
保険契約において保険契約者が死亡保険金の受取人を被保険者の「相続人」と指定した場合は、特段の事情のない限り、右指定には相続人が保険金を受け取るべき権利の割合を相続分の割合によるとする旨の指定も含まれ、各保険金受取人の有する権利の割合は相続分の割合になる。
つまり、「相続人」と指定された場合:
- 被保険者死亡時点の法定相続人が保険金受取人となります。
- 各相続人の保険金受取割合は、原則として法定相続分に従います。
- 但し、この場合も、保険金自体は相続財産ではなく、各相続人の固有財産となります。
例えば、Cさん(被保険者)に配偶者と2人の子供がいる場合、保険金受取人を「相続人」と指定していれば、配偶者が2分の1、子供たちがそれぞれ4分の1の割合で保険金を受け取ることになります。ここでも、保険金は相続財産ではなく、各受取人が直接権利を取得する点が重要です。
3. 相続放棄と生命保険金
相続放棄とは、相続人が相続の権利を放棄し、初めから相続人とならなかったものとみなされる法的手続きです。相続放棄をすると、被相続人の財産を相続する権利を失うと同時に、被相続人の債務を相続する義務からも免れます。
では、相続放棄をした場合、生命保険金は受け取れなくなるのでしょうか。結論から言えば、原則として生命保険金を受け取ることができます。相続放棄は、被相続人に帰属していた権利義務を相続人として承継することを拒否する制度であるため、被保険者の死亡により受取人に原始的に帰属する保険金は相続放棄の影響を受けない、というのがその理由です。
具体例
Aさん(父)が亡くなり、Bさん(長男)が相続人となりました。Aさんには1000万円の借金がありました。
- Bさんは相続放棄をしました。
- 後日、AさんがBさんを受取人とする3000万円の生命保険に加入していたことが判明しました。
この場合、Bさんは相続放棄をしているにもかかわらず、3000万円の生命保険金を受け取ることができます。他方、Aさんの借金1000万円を返済する必要もありません。
なお、この事案で受取人が「相続人」とだけ指定されていた場合はどうなるでしょうか。結論としては、この場合も、通常、相続放棄をした相続人が生命保険金を受け取ることは可能です。「相続人」との指定は、被保険者死亡の時点で相続人たるべき者個人を指定する趣旨であって、その後も相続資格を保持し続ける者(相続放棄しない者)を意味するのではないと解釈されるからです。
4. 遺産分割における生命保険金の取り扱い
生命保険金が原則として相続財産に含まれないことは理解できたかと思います。では、次に、遺産分割の場面では、生命保険金はどのように扱われるのでしょうか。
生命保険金は原則として遺産分割と無関係
遺産分割は、相続財産のうち、遺産共有状態となっている財産を分割して、各相続人の単独取得あるいは一般の共有関係とするための手続きです。そして、これまでみてきたとおり、生命保険金請求権は、そもそも受取人の固有財産であり、被相続人の遺産とはなりません。
したがって、遺産分割を行う際には、通常、生命保険金を受け取った相続人がいたとしても、その保険金は考慮せずに他の遺産のみを分割の対象とします。
具体例
父親(被相続人)が加入していた生命保険の受取人が長男に指定されており、5000万円の生命保険金が支払われた場合:
- この保険金5000万円は長男の固有財産となります。
- 遺産分割の対象となる財産(例:預貯金3000万円、不動産12000万円)のみを、長男を含めた共同相続人間で分割します。
- この際、長男が受け取った保険金5000万円は、原則として遺産分割の計算に入れません。
特別受益としての生命保険金
ただし、生命保険金が完全に遺産分割と無関係というわけではありません。ここで重要になるのが「特別受益」という概念です。
特別受益とは、被相続人から相続人が生前に受けた生計の資本としての贈与や、相続開始時に受けた遺贈等のことを指します。特別受益は、遺産分割の際に考慮され、実質的な公平を図るために「持ち戻し」の対象となります(民法903条)。
ここで、生命保険金と特別受益の関係については、最高裁平成16年10月29日決定が、養老保険契約に基づき受取人とされた相続人が得る死亡保険金について、次のような判断を示しています:
- 養老保険契約に基づき受取人とされた相続人が得る死亡保険金は、民法903条の特別受益には該当しない。
- もっとも、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条が類推適用され、特別受益に準じて持戻しの対象となる。
つまり、生命保険金は原則として特別受益にはなりませんが、例外的に特別受益に準じたものとして扱われる可能性があるのです。
具体例
父親が長男を受取人として1億円の生命保険に加入し、純粋な遺産が2000万円しかなかった場合。この状況で、長男以外の相続人(例:母親と次男)が法定相続分どおりの遺産取得しかできないとすれば、「到底是認することができないほどに著しい」不公平が生じていると判断される可能性があります。
この場合、遺産である2000万円の分配基準となる具体的相続分を計算する際に、生命保険金1億円の持戻し計算がなされ、長男の遺産2000万円に対する具体的相続分はゼロとされる見込みが高いでしょう。
代償分割での活用
生命保険金そのものは遺産分割の対象とはなりませんが、受け取った保険金を活用して円滑な遺産分割を行うことは可能です。ここで重要となるのが「代償分割」という方法です。
代償分割とは、遺産分割において取得する財産の価額を調整する「代償金」を授受して行う分割方法です。生命保険金を受け取った相続人は、この保険金を代償金の原資として活用できます。
具体例
父親の遺産として1億円の不動産があり、法定相続人は母親と2人の子供(長男、長女)だとします。母親が生命保険金5000万円を受け取っている場合:
- 母親が不動産全体(1億円)を相続する。
- 母親は、受け取った保険金5000万円を活用し、長男に2500万円、長女に2500万円の代償金を支払う。
このように、生命保険金は代償分割を通じて、円滑で公平な遺産分割を実現するための重要なツールとなり得ます。具体的な方法や金額については、各家庭の事情に応じて専門家のアドバイスを受けながら慎重に検討することをおすすめします。
5. まとめ
生命保険金と相続の関係について、主要なポイントは以下のとおりです:
- 生命保険金は原則として相続財産ではなく、受取人の固有財産となります。
- 相続放棄をしても、原則として生命保険金を受け取ることができます。
- 著しい不公平がある場合、例外的に特別受益として扱われる可能性があります。
生命保険金と相続の問題は複雑な場合があります。特に、高額の保険金、相続人間の対立、多額の債務がある場合などは、専門家への相談をおすすめします。弁護士法人ポートの弁護士が、お客様の状況に応じた最適な解決策を提案いたします。お気軽にご相談ください。















