長谷川式スケール17点で遺言能力が否定された事例:遺言無効訴訟解説(東京高裁令和元年10月16日判決)

概要
事案の概要
- 遺言書の種類:自筆証書遺言
- 争点:遺言の真正、遺言能力
- 遺言作成時の年齢:86歳(平成21年12月4日時点)
- 遺言の要旨:土地建物預金現金を長男Y1に譲る
基本情報
原審
- 事件名:遺言無効確認請求事件
- 裁判所:東京地方裁判所立川支部
- 判決日:平成30年11月28日
- 結論:遺言は有効
控訴審(本判決)
- 事件名:遺言無効確認請求控訴事件
- 裁判所:東京高等裁判所
- 判決日:令和元年10月16日
- 結論:遺言は無効(遺言能力なし)
登場人物
- 被相続人(亡A):原告/被告らの母親。
- 原告X1: 亡Aの二男。
- 原告X2: 亡Aの二女。
- 被告Y1: 亡Aの長男。遺言により全財産を受けるとされた。
- 被告Y2: 亡Aの長女。
- 被告Y3: 亡Aの三女。
事実関係
被相続人A(以下「亡A」という。)は大正12年生まれで、昭和44年頃から千葉県館山市の自宅で被告Y1(長男)と同居していた。平成2年2月14日に夫を亡くし、その後被告Y1と2人で生活していた。
遺言作成まで
- 平成21年11月11日、亡Aにつき物盗られ妄想と思われる事態が発生。同月18日から、被告Y3(介護福祉士)が亡Aの認知症状に基づいて生活状況、言動を記録する「おばあちゃんノート」を始める。本件ノートには、平成21年11月20日のY1がお金を取ってきたという上記の妄想のほかに,同月26日の欄にも亡Aの妄想が度々あったことを窺わせる記載がある。
- 平成21年11月から同年12月ころにおいて、亡Aは、自ら買物や料理も行っており日常生活はある程度自立していたものの、調理の際の火の消し忘れが目立つようになり、しばしば物を盗まれたとかY1が郵便局からお金を取ってきたなどという明らかな妄想や物忘れが生じて来ており、近隣住民も心配するようになっていた。
- 本件遺言書は平成21年12月4日作成された。「土地建物預金現金を長男Y1にゆずる」と記載されており、亡Aの印影が押された黒色ボールペン様の筆記用具で作成されたものである。
遺言作成後
- 平成22年2月9日に亡Aは原告X1の妻Hに伴われてB病院を受診し、長谷川式スケールの評価結果17点(30点満点)であり、MRI検査で脳萎縮が認められた。年齢や現在地は回答できたものの日付について誤答。「平成8年2月8日」と答えた。I医師よりアルツハイマー型認知症との診断を受けてアリセプト処方。
- 平成22年2月17日の診察時、亡Aは訴外H、被告Y2、および被告Y3と共にB病院を受診、C医師の診察を受けた。診察時に亡Aは同居している被告Y1の仕事について概ね正しい説明をしたが、付添人からは亡Aが「お金がなくなった」「盗まれた」などと訴えることがあるとの説明。C医師は亡Aのアルツハイマー型認知症と診断し、アリセプトの処方を継続。
- 同年2月25日、原告X1は亡Aと共に郵便局に赴き、亡Aが記入した払戻請求書を用いて、亡Aの口座から合計900万0729円を引き出した。同年3月12日は、原告X2が亡Aと共に郵便局に赴き、同様の方法で92万円の払戻しを受けた。
- なお、同郵便局では、平成22年当初頃までに亡Aが認知症のため要領を得た会話ができなくなったことから、亡Aが単独で郵便局に訪れても貯金の払い戻しをさせず、亡Aの子が同伴している場合に限って払い戻しを可能とする扱いとしていた。
- 平成22年3月3日の診察時、亡Aは記憶障害が改善されていない状態であり、金銭がなくなったや持っていかれたとの訴えが続いていた。
- 同年3月24日にB病院のC医師が亡Aをアルツハイマー型認知症と診断。
- 同年9月15日の長谷川式スケールは14点、C医師は9月17日に亡Aが自己の財産を管理・処分することができない状態とする鑑定書を作成した。
- 被告Y2(長女)は平成22年6月23日に亡Aについて後見開始の審判を申立て、10月8日に後見相当との審判を受け、成年後見人としてD弁護士が選任された。
- 亡Aは平成29年1月に死亡した。
弁護士のコメント
本件は、被相続人である亡母の自筆証書遺言の効力が争われた事案です。原審(東京地裁立川支部平成30年11月28日判決)は、遺言書の成立の真正を認め、作成時の遺言能力も肯定して遺言の有効性を認めましたが、本判決(東京高裁令和元年10月16日判決)は、遺言書の成立の真正は認めたものの、作成時の遺言能力を否定し、遺言無効の判断をしました。
原審は、遺言書の作成経緯に関する被告らの供述や印鑑の保管状況から成立の真正を肯定した上で、さらに、遺言者が自ら料理や買い物を行っていたことや、郵便局の払戻しに必要な書類の作成をしたこと、遺言内容が単純であること等から遺言能力が保たれていたと判断しました。他方、本判決(東京高裁)は、母の生活状況や言動等の具体的事実関係を詳細に認定した上で、遺言作成時点では、日常生活はある程度自立していたとしながらも、「認知症によって、自己の財産状況を把握し、その処分について決定することができなくなっていた」と判断しました。
認知症診断によく用いられる長谷川式スケールやMMSEテストの点数は、必ずしも認知症の重症度に直結するものではないとされながらも、過去の裁判例においては比較的重視されやすい判断要素となっている印象があります(そして、長谷川式スケールが10点台後半の遺言者につき遺言能力が否定される事例は多くない)。しかし、本判決は、長谷川式スケールの点数等から機械的・形式的に判断することを避け、母の生活状況や言動等の具体的事実を詳細に認定し、母の「自己の財産状況を把握し、その処分について決定することができなくなっていた」ことを重視して、作成時点の母の現実の状態に即した判断をしたものと評価できるのです。
認知症の症状は多様であり、遺言の内容が単純であっても、個別事案に応じて遺言者の状態を丁寧に認定し、それに基づいて遺言能力の有無を慎重に判断すべきことを示した点で、本判決は参考となるものといえます。















