認知症が進行した被相続人の遺言が無効とされた事例:遺言無効確認請求解説(東京地裁令和4年11月24日判決)

概要

事案の概要

  1. 遺言書の種類:公正証書遺言(平成29年と平成30年の2通)
  2. 主な争点:遺言能力の有無
  3. 遺言作成時の年齢:88歳(平成29年11月時点)、89歳(平成30年10月時点)
  4. 遺言の要旨:平成29年遺言は被相続人の財産を一部の相続人らに遺贈・相続させる内容。平成30年遺言は平成15年遺言を撤回する内容。

基本情報

  1. 事件名:遺言無効確認請求事件
  2. 裁判所:東京地方裁判所
  3. 判決日:令和4年11月24日
  4. 結論:2通の遺言とも無効(遺言能力なし)

登場人物

  1. 被相続人(亡B1):平成29年、30年遺言の作成者。令和元年6月死亡。
  2. 原告:平成15年遺言により被相続人の財産の一部の遺贈を受ける予定だった。
  3. 被告ら:遺言執行者および法定相続人ら。

事実関係

平成29年遺言まで

  1. 平成29年5月、被相続人(当時87歳)は脳出血で入院。高次脳機能障害(認知障害)と診断される。
  2. 同年7月26日のHDS-Rは4点。入院中は意味不明な言動や場所に不適切な排泄行為が見られた。
  3. 同年11月16日、複雑な内容の公正証書遺言(平成29年遺言)を作成。

平成30年遺言まで

  1. 平成30年6月、被相続人は肺膿瘍で入院。HDS-Rは0点。著明な独語や大声、意思疎通困難な状態。
  2. 同年10月10日、平成15年遺言を撤回する公正証書遺言(平成30年遺言)を作成。

弁護士のコメント

本件は、認知症が進行した被相続人が作成した2通の公正証書遺言について、遺言能力がなかったとして遺言無効が認められた事例です。認知症の進行の程度はかなり高度であると見られる事案であり、遺言能力を否定した結論に異論は少ないものと思われます。

裁判所は、まず、平成29年遺言時に関して以下のような事情を挙げ、当時被相続人の認知障害が相当重篤で、遺言の内容を理解する能力に疑義があったとして、その遺言能力を否定しました。

  1. 平成29年5月に脳出血で入院し、高次脳機能障害(認知障害)と診断された。
  2. 平成29年7月26日のHDS-Rの点数が4点と非常に低かった。
  3. 入院中は意味不明な言動が見られた。
  4. 入院中は場所に不適切な排泄行為が見られた。
  5. 遺言作成の約2ヶ月前の9月から10月の入院時にも、意味の理解し難い言動を繰り返していた。
  6. 同時期のMRI検査で、左半球の大脳萎縮及び深部白質の虚血性変化が指摘された。
  7. 遺言作成直前の聞き取り時に、親しい親族の名前を聞き返さないと言えない状態だった。
  8. 同聞き取り時に、財産分配に関する意向が二転三転していた(遺言の内容に係る意思が確固たるものであったといえない)。
  9. 平成29年遺言の内容が、財産の種類や算定式を含む相当に複雑なものだった。

さらに、平成30年遺言時には、その数ヶ月前に実施された被相続人のHDS-Rが0点で著明な認知症症状が見られ、平成15年遺言撤回の意味を容易に理解できる状態ではなかったことなどから、いずれの遺言時点でも遺言能力を欠いていたと判断しました。これに関し、平成15年遺言を撤回するということ自体は単純であっても、撤回による法的な帰結(撤回により被相続人がE1から相続した財産が、被相続人の多数の相続人により共有される結果につながる)は単純でないとの指摘がなされている点は注目に値します。

たとえ公正証書遺言であっても、本件のように遺言者の認知症が相当進行しており、意思能力に疑義がある場合、遺言の有効性が争われるリスクは小さくありません。認知症の人の遺言を扱う際には、主治医の意見聴取や専門家への相談など、慎重な対応が求められるでしょう。遺言者の真意を適切に汲み取り、望まない紛争を防ぐためにも、本判決の示す考え方は実務上重要な指針になると思われます。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

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