遺留分の放棄とは?|制度の意味や活用場面、裁判所の許可手続き、注意点をまとめて解説

遺留分権利者は、被相続人の生前に遺留分を放棄することができます。

遺留分放棄は、どのような場面で活用でき、どのような手続きが必要となるのか。また、遺留分放棄を検討・実行する上で注意すべき点は何か。

本記事では、遺留分放棄の意味やメリット、裁判所における許可手続き、相続放棄との違いその他の注意点などについて解説します。

遺留分放棄とは

遺留分放棄の意味

遺留分とは、一定範囲の相続人に認められる、相続財産に対する最低限度の取り分です。遺留分は、遺族の生活保障を主な目的とした強い権利であり、被相続人の意思によっても侵すことができません。このため、遺留分を侵害するような生前贈与や遺言がなされた場合、遺留分を侵害された相続人(遺留分権利者)は、相続開始後に遺留分侵害額請求権を行使することによって、侵害額に相当する金銭を受け取ることができます。

一方、遺留分権利者は、被相続人の生前に、自らに帰属する遺留分を手放すこともできます。これを遺留分の放棄といいます。

(遺留分の放棄)
第千四十九条 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
2 共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。

遺留分放棄をするとどうなる?

法律の定める手続きに基づいて正式に遺留分を放棄すると、遺留分を放棄した人は、被相続人が遺留分を侵害する生前贈与や遺言をした場合にも、遺留分侵害額請求をすることができなくなります。

もっとも、遺留分放棄をした人が失うのは、あくまで「遺留分」だけです。つまり、遺留分を放棄した人は、被相続人が亡くなった場合に相続人となる地位までもを失うわけではありません。また、他の相続人の遺留分が増加するわけでもありません(民法1049条2項)。

やや中途半端な感じもしますが、遺留分の放棄は、被相続人が生前贈与や遺言によって自由に処分できる相続財産の範囲(これを自由分といいます)を拡大する制度と理解するとわかりやすいかと思います。

相続放棄とは別の制度

遺留分放棄とは別に、相続放棄という言葉を聞いたことがある方も多いと思います。これらは名称こそ似ているものの、その法的な位置づけは全く異なります。

具体的には、遺留分の放棄では、放棄をした人が相続権そのものを失うことはありませんが、相続放棄では相続権を失うことになります。

また、遺留分放棄は裁判所の許可を得ることで被相続人の生前に行うことができますが、相続放棄はそもそも被相続人の生前に行うことはできません。

このような違いを誤解したままで相続手続きを進めた結果、当初の意図と異なる不測の事態が生じることもありますので、注意が必要です。

遺留分放棄相続放棄
定義 相続人が自己の遺留分を放棄すること 相続人が相続権そのものを放棄すること
放棄の対象 遺留分 相続権
相続開始前の放棄 できる できない
手続き 家庭裁判所で許可審判(相続開始前) 家庭裁判所に相続放棄申述
他の相続人への影響 共同相続人の遺留分に変化なし 共同相続人の相続分が増加
法定相続による相続債務承継 承継あり 承継なし

遺留分放棄はどのような場合に使える?

遺留分放棄が活用される具体的なケースとしては、例えば次のようなものが考えられます。

1 事業用の財産の散逸を防ぐための遺留分放棄

被相続人の保有資産は事業の継続に不可欠な不動産が大部分を占めており、これを後継者となる相続人に集中して相続させたいが、将来その他の相続人が後継者に遺留分侵害額請求権を行使すると、その支払いのための不動産の維持が困難となるケース。

2 将来の相続紛争の回避のための遺留分放棄

離婚した前妻の子と、現在の妻との間の子が、将来発生する被相続人の相続において争いとなることを回避するために、前妻の子が被相続人から一定の代償財産の贈与を受けた上で、遺留分放棄を行うケース。

3 特定の子が被相続人を扶養する代わりに他の子が遺留分放棄

特定の子が被相続人に生活費を援助して扶養する代わりに、被相続人が自宅をその子に相続させる遺言をし、同時に、扶養義務を免れる他の子らが遺留分を放棄するケース。

遺留分放棄をするためには裁判所での許可手続きが必要

被相続人の生前に遺留分放棄を正式に行うためには、家庭裁判所で許可を得ることが必要となります。逆にいえば、家庭裁判所の許可を得ずに、家族間で将来の相続の際には遺留分を放棄する旨の私的な合意書を交わしただけでは、有効な遺留分の放棄とはなりません。

このように、遺留分の放棄に特定の要式が必要とされるのは、本当に自由な意思で遺留分を放棄するのかを家庭裁判所に確認させることによって、家族内で力の弱い人が不当な圧力をかけられ真意に沿わない遺留分放棄を知られることを回避するためです。

遺留分放棄の許可審判の手続き

遺留分放棄の許可審判の申立人は遺留分を有する相続人でなければならず、申立先は被相続人の住所地の家庭裁判所です。

申し立てには、収入印紙800円分と連絡用の郵便切手が必要です。

申し立てに必要な書類には、申立書本体に加え、被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)、申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)が含まれますが、事案に応じ追加書類の提出を求められることもあります(申立書のダウンロードや記載方法については、裁判所ウェブサイトの下記ページをご参照ください。)

外部サイト
  1. 遺留分放棄の許可の申立書(裁判所ウェブサイト)

遺留分放棄の許可審判手続きの流れ

遺留分放棄の申立ての流れは、概ね以下のとおりです

  1. 申立書(財産目録含む)の作成と戸籍謄本等の必要書類の収集。
  2. 被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に申立書類を提出。
  3. 家庭裁判所より申立人に「照会書(回答書)」が届くため、回答する。
  4. 裁判官による申立人本人に対する審問の実施(必要に応じて)
  5. 家庭裁判所が許可(不許可)の審判する。
  6. 申立人に審判書謄本が届く。

遺留分放棄が許可されない場合はあるか

司法統計によれば、近年遺留分放棄が許可される割合は年間申し立て件数の9割を超えており、ほとんどのケースで遺留分放棄が許可されています。しかし、少数ながら不許可とされる事案も存在することもまた確かです。

一般に、遺留分放棄については

  1. 遺留分放棄が申立人の真意によるものであるか
  2. 遺留分放棄に合理性があるか
  3. 遺留分放棄の代償となるような利益の有無

といった要素を考慮して許可・不許可(却下)を判断するものとされています。このため、遺留分放棄の申立人としては、上記のような考慮要素を意識した事実関係の説明や、その裏付け資料を裁判所に提出することを心がけるべきです。

遺留分放棄の注意点

最後に、遺留分放棄を行う場合の注意点をいくつか解説します。

遺留分放棄をしても被相続人の負債の相続は回避できない

遺留分放棄は、相続人が自分に対する遺留分を放棄することですが、これによって負債の相続を免れることはできません。遺留分放棄によって相続財産からの権利を放棄するものの、相続によって生じる負債についても、相続人は引き続き責任を負うことになります。

相続債権者との関係で完全に債務の承継を免れるためには、被相続人が死亡した後一定期間内に、別途「相続放棄」手続きを行うことが必要です。

遺留分放棄だけで遺言を作成しないと、特定の相続人に財産を集中させることはできない

遺留分放棄は、あくまで遺留分を放棄する手続きであり、特定の相続人に財産を集中させることはできません。そのような目的を達成するためには、被相続人において遺言書を作成し、財産の分配を明確に指定する必要があります。

当事者間の合意だけでは効力がない

遺留分放棄は、家庭裁判所への申し立てが必要であり、当事者間の合意だけでは効力を発生させません。遺留分放棄の手続きを正式に行わなければ、法的な効果は認められません。

遺留分の放棄によって他の相続人の遺留分が増加するわけではない

遺留分放棄を行った場合、放棄した遺留分が他の相続人に分配されるわけではありません。放棄された遺留分に相当する相続財産は、被相続人が遺言によって自由に処分できる自由分となるため、遺言で指定された分配があればそれに従い、なければ法定相続のルールに従って分配されます。

遺留分放棄の代償としての贈与が他の相続人の遺留分を侵害することがある

遺留分放棄を行った相続人に対して、代償として贈与が行われる場合があります。しかし、この贈与が過大であると、他の相続人の遺留分が侵害されることがあります。そのため、遺留分放棄の代償として贈与を行う際には他の相続人の遺留分に配慮し、適正な金額であるかどうかを慎重に検討する必要があります。

まとめ

以上、遺留分放棄という制度の意味や活用場面、裁判所の許可手続き、注意点などについて解説しました。

遺留分放棄については、手続きが必要であることに加え、本文に述べたようないくつかの注意点があります。

遺留分放棄に関する手続きや注意点を理解しておくことで、スムーズな相続を進めることが可能となります。遺留分放棄に関する法律や手続きについて疑問点や不安な点がある場合は、ぜひ弁護士法人ポートにご相談ください。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

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