離婚せずに相続から除外する方法 ‐離婚と相続廃除の関係性
夫婦関係が破綻し、もはや修復の見込みがないにもかかわらず、様々な事情で離婚に踏み切れないケースがあります。例えば、高齢や病気のため離婚手続きが負担になる場合や、離婚によって社会的立場が損なわれることを懸念するケースなどです。しかし、このような状況で配偶者に相続権を残したくないと考える方も少なくありません。
そこで注目されるのが「相続廃除」という制度です。相続廃除とは、被相続人の意思によって、特定の相続人の相続権を剥奪する法的手段です。本記事では、離婚せずに配偶者の相続権を奪う方法として、相続廃除の可能性と判断基準について詳しく解説します。離婚と相続の問題で悩んでいる方々に、新たな選択肢を提供し、適切な判断の一助となることを目指します。
1. 相続廃除の基本と離婚との比較
相続廃除とは、民法第892条及び893条に基づく制度で、被相続人もしくは遺言執行者が家庭裁判所に請求することで、特定の推定相続人の相続権を完全に剥奪することができます。この制度は、単なる相続分の調整ではなく、遺留分を含む全ての相続権を失わせるという強力な効果を持ちます。
離婚との大きな違いは、婚姻関係自体は継続したまま、相続に関する権利のみを失わせる点です。つまり、戸籍上は夫婦のままですが、相続の場面では他人同然の扱いとなります。
相続廃除のメリットとしては以下が挙げられます:
- 離婚手続きせずとも、配偶者の相続権のみを剥奪できる
- 遺留分も含めた全ての相続権を失わせることができる
- (遺言廃除ならば)生前に相手方とのやりとりは不要
このため、相続廃除は、離婚という選択肢を取りづらい状況にありながら、配偶者に財産を相続させたくない場合の有効な手段となり得ます。
代襲相続の非適用
相続廃除の対象者が被相続人の子である場合、廃除された推定相続人の子(被相続人の孫)が相続権を引き継ぐこととされています。これを代襲相続といいます(民法887条2項)。このため、代襲相続人となり得る孫への遺産相続も避けたいというのが被相続人の意思である事案では、この点が廃除制度を利用するボトルネックとなっているケースが見られます。
しかし、夫婦間の相続廃除の場合、代襲相続の問題は発生しません。配偶者には代襲相続が適用されないためです。このことから、夫婦間の相続廃除に関しては、代襲相続の問題を気にすることなく廃除制度を利用することができます。
2. 相続廃除の要件と離婚原因との関係
相続廃除の要件とは
相続廃除が認められるためには、民法第892条に定められた法定の事由に該当する必要があります。具体的には以下の3つです:
- 被相続人に対する虐待
- 被相続人に対する重大な侮辱
- その他の著しい非行
裁判離婚の要件とは
つぎに、離婚原因を定めた民法第770条を確認しておきましょう。
(裁判上の離婚)
第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。
両者の関係について
大阪高裁令和2年2月27日決定では、夫婦関係にある推定相続人の場合、相続廃除の判断基準として「婚姻を継続し難い重大な事由」(第770条第1項第5号)と同程度の非行が必要であるとの見解が示されました。この判断は、相続廃除の要件と離婚原因の重大性が同等のレベルで考慮されることを示しています。
ただし、相続廃除の要件と離婚原因は完全に一致するわけではありません。例えば、配偶者の単発の不貞行為は離婚原因(第770条第1項第1号)となり得ますが、それだけでは必ずしも相続廃除の事由とは認められない可能性があります。相続廃除が認められるためには、被相続人との信頼関係を著しく破壊し、相続人としての資格を失わせるに値する程度の行為であることが求められます。
つまり、問題行為の重大性という点では、相続廃除の要件と離婚原因は同等の基準で判断される傾向にありますが、具体的な事由や行為の継続性、影響の程度などについては、それぞれの制度の目的に応じて個別に判断されることになります。
いずれにせよ、相続廃除を検討する際には、離婚原因に相当する重大な事由の存在を示すことが必要です。ただし、その判断は個々の事例に基づいて慎重に行われるため、専門家のアドバイスを受けることが重要です。
3. 裁判例から見る相続廃除の判断要素
相続廃除の判断ポイントをより具体的に理解するために、2つの重要な裁判例を見てみましょう。
名古屋家裁昭和61年11月19日審判(廃除が認められた事例)
この事例では、夫による以下のような行為が、妻である被相続人に対する「著しい非行」に該当すると判断されました:
- 妻のもとを去り、長期間にわたり愛人と同居したこと
- 妻への暴力行為があったこと
- 経済的支援は行っていたが、病床の妻に比較的冷たい態度に終始したこと
裁判所は、こうした夫の行為について、少なくとも精神的な側面では妻を遺棄したと判断し、相続的協同関係の破壊を認定したものと理解できます。
大阪高裁令和2年2月27日決定(廃除が認められなかった事例)
一方、この事例では、夫婦間の紛争や離婚訴訟の提起だけでは相続廃除の事由として不十分であると判断されました。裁判所は以下の点を考慮しています:
- 約44年間の長期にわたる婚姻期間
- 夫婦で共に事業を営み、遺産形成に寄与していたこと
- 紛争期間が約5年と比較的短かったこと
裁判所は、これらの事情を総合的に判断し、遺留分を否定するほどの重大な非行はないと結論づけました。特に、婚姻期間全体における紛争期間の短さや、遺産形成への共同寄与が重視されたと考えられます。
裁判所の考慮要素とは
これらの裁判例から、相続廃除の判断については以下のポイントが斟酌されていることがわかります:
- 行為の継続性と期間
- 被相続人との信頼関係の破壊の程度
- 遺産形成への寄与度
- 物質的支援と精神的関係のバランス
- 婚姻期間全体における問題行為の位置づけ
相続廃除を検討する際は、これらの要素を総合的に考慮する必要があります。単に離婚原因に該当する行為があるだけでなく、その行為が相続人としての資格を失わせるに値する重大性を持つことを示す必要があるといえるでしょう。
4 夫婦間の相続廃除を検討する際の留意点
証拠の収集と保全
相続廃除の申立てには、廃除事由を裏付ける具体的な証拠が必要です。夫婦間の問題は密室で起こることが多いため、日頃から問題となる行為の記録を残すことが重要です。日記、写真、医療記録などの客観的な証拠を収集し、安全に保管しましょう。また、信頼できる第三者に状況を知らせることで、後の証言を得られる可能性が高まります。
遺言廃除の活用
相続廃除には被相続人が存命中に手続きを行う「生前廃除」と、遺言を作成しておいて被相続人が亡くなった後に遺言執行者が手続きを行う「遺言廃除」の2種類がありますが、夫婦間の相続廃除では、遺言による廃除が特に有効な手段となります。例えば、被相続人が、自身の存命中は平穏に過ごすため、廃除の意向を配偶者に知られたくないという場合に適しています。また、遺言廃除は、相続目当ての配偶者による離婚訴訟の引き伸ばしへの強力な対抗策にもなり得ます。
例えば、離婚訴訟中に被相続人が死亡した場合、通常であれば配偶者は相続権を得ることになります。しかし、被相続人が遺言で相続廃除の意思を示していれば、たとえ離婚が成立しないまま相続が開始しても、遺言執行者が廃除の手続きをすることで配偶者の相続権を奪うことが可能です。これにより、離婚訴訟を引き伸ばすという戦術の効果を無効化できる可能性があるのです。
遺言廃除を活用する際は、公正証書遺言の利用を強くお勧めします。公正証書遺言は、遺言の存在や内容が争われるリスクを大幅に軽減できるため、相続廃除の意思を確実に実現する上で重要です。また、遺言執行者として弁護士を指定することで、被相続人の死後も法的手続きを適切かつ確実に進められます。弁護士に廃除の根拠となる証拠や関連文書を託しておくことも効果的です。
もっとも、遺言による廃除は、被相続人の死亡後に家庭裁判書の審判がなされます。そのため、遺言廃除が認められない可能性も考慮し、代替策も同時に検討することをお勧めします。
専門家への相談
相続廃除は複雑な法的手続きを伴うため、早い段階で弁護士などの専門家に相談することが極めて重要です。適切な証拠収集や戦略立案、遺言作成のアドバイスを受けられます。また、相続廃除が認められない可能性も考慮し、遺言による相続分の指定など代替案も同時に検討しましょう。専門家のサポートを受けることで、相続廃除の成功率を高め、リスクを最小限に抑えることができます。
5.まとめ
夫婦間の相続廃除は、離婚せずに配偶者の相続権を剥奪する有効な法的手段です。もっとも、その適用には、虐待や重大な侮辱などの法定事由が必要であり、行為の継続性、信頼関係の破壊度、遺産形成への寄与度など、多角的な要素も考慮して判断されます。
このため、相続廃除を検討する際は、その主張の組立てや証拠資料の収集・保全について、早い段階で専門家に相談することが重要です。また、遺言廃除を検討する場合には、遺言の作成方法や、(実際に廃除の申立てを担当する)遺言執行者に関する相談もしておくべきでしょう。
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