遺産分割調停の進め方(段階的進行モデル)

東京家庭裁判所の遺産分割調停では、調停の進め方について「段階的進行モデル」を採用しています。これは、遺産分割調停において問題となる事項を、テーマ毎に順番に協議・決定していこうという方法論です。

本記事では、この段階的進行モデルの流れについて弁護士が解説します。

1 遺産分割の当事者(相続人の範囲)の確認

遺産分割協議の当事者

遺産分割協議は、当事者となる者全員の合意がなければ有効に成立しません。そこで、まず、遺産分割当事者が誰であるかを確認します。遺産分割の当事者は、原則として法定相続人のみであり、被相続人の配偶者に加え、被相続人の子・直系尊属・兄弟姉妹のいずれかとなります。一般的な事案では、戸籍謄本(全部事項証明書)等を確認することで問題なく合意が可能ですが、例えば、以下のようなケースで、意見が対立することがあります。

  1. 戸籍が事実と異なるとの主張があるとき
  2. 戸籍に記載のない人が相続人であるという主張がなされたとき
  3. 相続欠格や相続人の廃除についての主張がなされたとき

こうした場合には、調停とは別途、人事訴訟や民事訴訟を行って遺産分割の当事者を確定する必要があります。

法定相続人以外の者が当事者となる場合

遺産分割協議の当事者は、原則として法定相続人ですが、例えば次のような場合には、法定相続人以外の人が遺産分割調停の当事者となります。

  1. 包括遺贈をする旨の遺言があった場合
  2. 相続分の譲渡を相続人以外の者が受けた場合

なお、一部の法定相続人が相続分の譲渡や相続分の放棄を行ったことにより、遺産分割調停の当事者たる資格を失ったときは、裁判所が排除決定を行い当該相続人を手続から排除します(家事事件手続法258条・同43条)。

相続人の判断能力に問題があるとき

当事者の範囲とは若干異なりますが、遺産分割調停を進めるには当事者に調停手続を行う行為能力があることが必要です。

したがって、この段階で一部の当事者の判断能力に疑問がある場合には、診断書の提出などにより行為能力の確認を行います。問題があるときは、別途、成年後見人の選任等を先行させます。

2 遺産の範囲

遺産分割の対象となる財産の範囲を確定します。要するに、この段階では、「何を分けるか」を全員で合意することを目指します。

遺産分割の対象となる財産の考え方

相談者の方がよく誤解されている点ですが、遺産分割調停では、相続開始時に被相続人に帰属していた財産がすべて、法律上当然に遺産分割の対象となるわけではありません。言い換えると、相続財産の中にも、遺産分割の対象となる財産と、遺産分割の対象とならない財産が含まれることになります。

法律上当然に遺産分割の対象財産となるには、相続開始時に被相続人に帰属していたことに加え、以下のような条件が必要とされています。

  1. 遺産分割時にも存在する財産であること
  2. 取得者が決まっていない未分割財産であること
  3. プラスの財産(積極財産)であること

このため、相続後に転売されるなどして既に存在しない財産や、有効な遺言で取得者が決まっている財産、相続債務のような消極財産については、いずれも、当然には分割の対象となるものではありません。

なお、平成28年12月の判例変更により、預貯金は当事者の合意なくして当然に遺産分割の対象とされることとなりましたのでご注意下さい。

合意による分割対象への組み込み

前述の基準により当然には分割対象とならない財産についても、当事者全員が合意する限り、遺産分割の対象に組み込むことができます。例えば、「被相続人が所有していた不動産から相続開始後に発生した賃料収入」や、「相続債務」などがこれにあたります。

遺産確認の訴え

ある特定の財産が遺産分割調停で分割すべき遺産の範囲に属するかどうかについて、当事者の意見の調整が困難である場合には、遺産分割調停とは別途、遺産確認訴訟を行って解決する必要があります。遺産確認訴訟は通常の民事訴訟となりますので、争いの舞台は、家庭裁判所ではなく地方裁判所(もしくは簡易裁判所)となります。

遺産確認訴訟が必要となる場合、遺産分割調停については、次のような進行が考えられます。

  1. 訴訟の結果を待つために、いったん取り下げる
  2. 一部分割の合意ができる場合には、遺産の範囲に含まれるか問題となっている財産を除いた残部についての分割協議を進める

3 遺産の評価

遺産分割の対象とする財産の評価を確定します。特別受益や寄与分を考慮した各相続人の具体的相続分の決定や、最終的な取得財産の分配を決める際には、この段階で取り決めた評価額が前提となります。

不動産の評価

遺産分割調停において評価額に関する争いが起きやすい財産の筆頭は、土地や建物といった不動産です。不動産はそれぞれに個性があるため、なかなか意見がまとまりません。特に、自分が取得することが見込まれる不動産の評価については不当に低く、相手方が取得すると見込まれる不動産の評価については不当に高く主張する身勝手な相続人がいるとやっかいです。宅地建物取引を行う不動産業者が作成した査定価格、固定資産税評価額や路線価額などを参考にして相続人間で合意できればその額となりますが、必要に応じて鑑定人による不動産鑑定が行われる場合もあります。

非上場会社株式の評価

不動産のほか、被相続人が会社を起こして事業を行っており、非上場会社の株式が遺産に含まれている場合にも、当該株式の評価が問題となることはよくあります。上場会社であれば市場での取引価格という合理的な評価基準がありますが、非上場会社については取引相場が形成されておらず、上場会社株式のような手法での算定はできません。

このため、評価についての合意が難しい場合には、公認会計士などを鑑定人とした鑑定を行うことになりますが、裁判所に予納する鑑定費用が高額になることが多いです。

評価で争いが起きにくい財産

現金はもちろんですが、預貯金や上場株式・投資信託などについても、評価額の算出は容易であり、争いとなることはほぼありません。

評価の基準時

遺産分割の対象となる財産の中には、時間の経過によって評価額が変動するものが含まれていることがあります。例えば、被相続人が相続開始時にトヨタの株式を2000万円分保有していたが、遺産分割で揉めているうちに3000万円まで値上がりしていたような事例をイメージして下さい。このような場合、どの時点の評価額を用いるべきかが問題となりますが、基本的には、次のような使いわけがなされます。

  1. 特別受益や寄与分を考慮して具体的相続分を算定する際:相続開始時の評価
  2. 最終的な取得財産の分配を決める際:遺産分割時の評価

4 各当事者の取得額の調整

次に、遺産分割調停の各当事者の具体的相続分を計算した上で、各当事者が分割対象となる遺産について、いくら分の財産を取得することができるのかを取り決めます。これを取り決める際には、法定相続分や指定相続分が出発点となりますが、事案によっては、特別受益や寄与分を考慮した調整がなされます。

特別受益

特定の相続人が、遺産の前渡しと評価されるような生前贈与を受けていた場合に、遺産分割の際にその金額を持ち戻して具体的な相続分を計算することにより、相続人間の実質的な公平を図るための制度です。

  1. 特別受益制度の概要

寄与分

特定の相続人が、被相続人の財産の維持や増加に対する特別の貢献をしたという場合に、遺産分割においてその貢献に応じた額を考慮して具体的な相続分を計算することにより、相続人間の実質的な公平を図るための制度です。

  1. 寄与分制度の概要

生命保険金と特別受益

被相続人を被保険者とする生命保険金は、原則として、受取人固有の財産として取り扱われ、特別受益として考慮されることはありません。もっとも、遺産総額に比して保険金額が著しく大きいなどの一定の場合には、特定の相続人を受取人とする生命保険金についても、例外的に特別受益に準じたものとして持ち戻し計算の対象とされる場合があります。

5 遺産分割方法

上記4で決まった取得額に応じて、現存する個々の遺産についての分割方法を取り決めます。分割方法としては、以下のようなものがあります。

  1. 現物分割個々の財産の形状や性質を変更することなく、各相続人に単独取得させる手段です。
  2. 換価分割遺産を第三者に売却し、換価した後、その売却代金を共同相続人間で配分する分割手段です。
  3. 代償分割:一部の相続人がある財産を取得し、他の相続人に対して代償金を支払う方法です。
  4. 共有分割遺産の一部または全部を、物権法上の共有取得とする分割手段です。

以上すべての事項につき、遺産分割当事者の合意が形成できた場合には、遺産分割調停成立となり、その合意内容を調停調書にまとめて確認し、遺産分割調停が成立となります。

まとめ

以上、遺産分割調停の段階的進行モデルについて解説しました。遺産分割調停の段階的進行モデルは、テーマを絞って順番に調整を行うことにより、論点が多岐にわたり複雑となりがちな遺産分割調停を円滑に進めることができるため、東京家裁以外の家庭裁判所でも広く導入されています。

このような遺産分割調停の流れを理解し、ご自身がどの項目についての協議を行っているかをしっかりと意識して調停に臨むことにより、より効率的・効果的な対応が可能となるでしょう。逆に、こうした調停の進め方を理解せず、その日のテーマとは異なる主張を繰り返す相続人については、調停委員から、身勝手な相続人であるとの印象を持たれることにもなりかねません。

本記事が、遺産分割調停に臨む相続人の皆様のお役に立てば幸いです。

宮嶋太郎
代表パートナ弁護士
東京大学法学部在学中に司法試験合格。最高裁判所司法研修所にて司法修習(第58期)後、2005年弁護士登録。勤務弁護士を経験後、独立して弁護士法人ポートの前身となる法律事務所を設立。遺産相続・事業承継や企業間紛争の分野で数多くの事件を解決。

私たちが丁寧にわかりやすくお話します。

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