遺留分を渡したくない相続人がいる?遺言と同時にできる生前対策
「特定の相続人には遺産を一切渡したくないが、どうしたらよいか。」というご相談をお受けすることがあります。このようなケースで、遺言書を作成し、すべての相続財産をほかの相続人に配分することで、特定の相続人に渡す遺産をゼロにするという方法は、誰しも考えつくところでしょう。
ところが、民法には遺留分という制度があり、一定範囲の相続人には最低限の相続財産の取得割合が保障されています。では、このような遺留分制度を前提としながらも、特定の相続人が遺留分として取得する財産をゼロにし、あるいは遺留分の額を減少させるための対策・対処法はあるでしょうか。
この記事では、遺言を作成する方が、生前に行うことのできる対策という観点から、特定の相続人の遺留分に基づく権利行使を封ずる、あるいは遺留分の額を減らすための方法をいくつか紹介し、その法的位置づけや注意点を解説します。
遺留分は遺言によっても侵害できない相続人の権利
遺言作成による生前対策の限界
遺留分とは、遺産相続において、一定範囲の法定相続人が受け取るべき最低限の財産またはその割合のことを指します。これは民法によって定められた制度であり、相続人の生活保障の観点から、生前贈与や遺言によっても侵害することのできない相続財産の範囲が認められています。
このため、あなたが遺言で特定の相続人に相続財産を全く渡さないように指定しても、その相続人が遺留分を有している限り、遺留分侵害額請求権を行使することで、最低限の相続財産を受け取ることができます。この意味で、特定の相続人に遺産を渡さないという観点からすると、遺言作成による対策には一定の限界があるといえます。
遺留分が発生しない相続人への対策は遺言だけでも可能
もっとも、遺留分は配偶者、子や孫、直系尊属のみに認められ、兄弟姉妹には発生しません。そのため、兄弟姉妹が相続人となる場合、あなたは適切な遺言書を作成することで望まない相続を避けることが可能となります。
ただし、遺言書作成時は注意が必要です。単に「兄弟姉妹には財産を相続させない」と記すだけでは不十分で、財産の取得者が不明なままだと遺言が無効となり法定相続が適用される可能性があります。
これを避けるには、相続財産を取得する人を具体的に特定し、その者が取得する財産を明確に記載することが重要です。例えば「全ての財産を配偶者○○に相続させる」や「不動産AをXに、預金BをYに相続させる」などと具体的に記述します。あなたの意思を確実に反映させるために、複雑な場合は専門家に相談することをお勧めします。
遺留分についての権利行使を封じるための対策
特定の相続人が遺留分に基づく権利行使をすることを封じるため、遺言者がなし得る生前対策としては、次のような方法が考えられます。
遺留分放棄
遺留分権利者となるべき推定相続人に自らの遺留分を放棄させることで、将来の相続開始時に、その者による遺留分に基づく権利行使を封ずることができます。ただし、これには遺留分権利者自身の同意に加え、家庭裁判所で許可を得ることが必要であり、遺言者が一方的に決定できるものではありません。
遺言の付言事項で遺留分の行使を禁止する
遺言書の付言事項として、特定の相続人に対し、遺留分を行使することを禁止する旨の記載を行うことが考えられます。しかし、これには法的拘束力がなく、遺留分権利者が任意に協力しない限り、付言事項に反して遺留分侵害額請求権を行使することができます。
相続欠格・廃除
民法に定められた相続欠格や廃除の事由がある場合、特定の相続人の相続権を失わせることができます。ただし、相続欠格や廃除が適用されると、代襲相続が発生する可能性があり、遺留分を渡したくない相続人の子が代襲相続人として遺留分を主張することが考えられます。
まとめ
以上のうち、遺留分放棄と遺言の付言事項は、遺言者の意思だけでなく、遺留分権利者の任意協力が必要という点で、実効性に難があります。また、相続欠格や廃除については、遺留分権利者の協力は不要であるものの、事実関係の立証が難しい上、仮に立証に成功しても、遺産を引き継がせたくない相続人の子が代襲相続人として遺留分を主張する可能性があります。遺言者は、このような状況を踏まえた上で、遺留分に関する対策を検討することが重要です。
遺留分額を減らすための対策・対処法
特定の相続人の遺留分を減らすための方法はいくつか存在します。以下に、主な対策・対処法を紹介します。特定の相続人に認められる遺留分は、「遺留分を算定するための財産の価額」とその相続人に認められる「個別的遺留分の割合」を掛け合わせた積として求めることができますので、これらの要素を減少させることが対策の基本的な方針となります。
遺留分を算定するための財産の価額を減らす
a. 自分のために費消する: 遺言者が生前に自己の財産を自分のために費消することで、遺留分を算定するための基礎となる財産を減らすことができます。これはある意味、もっとも確実な方法ということができますが、遺留分を渡したくない相続人以外の相続人に残せる財産が増加するわけではありません。
b. 生前贈与: 遺留分の計算上、遺留分を算定するための財産の価額に算入される生前贈与は、原則として、相続人への贈与であれば相続開始前10年前までのもの、その他の者に対する贈与であれば相続開始前1年前までのものに限定されます。このため、遺言者が生前贈与を行った上で、贈与後一定の期間(1年または10年)長生きすれば、原則として、当該贈与の価額を遺留分を算定するための財産の価額から除外することができます。但し、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってなされた贈与については、例外的に、遺留分を算定する財産の価額に算入されますので、過大な生前贈与については注意が必要です。
c. 生命保険の活用: 遺言者が生前に自己を被保険者とする生命保険に加入し、保険金受取人の指定を遺留分を渡したくない相続人以外にすることで、保険料に相当する価額を、遺留分を算定するための財産の価額から減らすことができる可能性があります。一般に、上記のような場合の生命保険金は、相続財産ではなく受取人の固有財産と判断されることが多いためです。もっとも、残った相続財産に比べて保険金額が過大である等の事情によっては、保険金相当額が特別受益に準ずるものとして扱われる場合がありますので注意が必要です。
遺留分の割合を減らす
d. 養子縁組: 個別の遺留分権利者に認められる遺留分の割合は、遺留分権利者全体に確保される遺留分の割合(総体的遺留分)に、各自の法定相続分を掛け合わせることによって計算されます。このため、遺言者が養子縁組をすることで法定相続人の数を増やし、遺留分を渡したくない相続人が受け取る遺留分の割合を減らすことができる可能性があります。
その他:遺留分を渡したくない相続人が過去に得た特別受益を明確にしておくことも重要
厳密には遺留分を減らす方法ではありませんが、遺留分を渡したくない相続人が過去に遺言者から特別受益を受けていた場合、その特別受益を明確に記録しておくことで、遺留分を渡したくない相続人による遺留分侵害額請求の可能額を減らすことができます。
例えば、遺言者が、過去に特定の相続人に対する多額の贈与や借金の肩代わりを行っており、そのことが当該相続人に遺留分を渡したくない理由であるならば、当該贈与や肩代わりは、当該相続人に対する特別受益として、遺留分侵害額を減少させ得るためです。この場合、遺言書やその他の書類に特別受益の事実を明記し、関連する証拠を残しておくことが重要です。
まとめ
以上、遺留分を渡したくない相続人がいる場合に、遺言者が遺言作成と同時にできる生前対策を紹介し、その法的位置づけや注意点を解説しました。
これらの方法は、遺留分の権利行使を封じ、あるいは遺留分を減らすための方策の一例ですが、その実行においては、それぞれ注意点やリスクがあります。事案ごとに適切な対策・対処法を選択するためには、専門家のアドバイスが重要です。法律家と相談し、状況に応じた最適な方法を検討してください。
なお、被相続人が亡くなった後、遺留分権利者から遺留分侵害額請求を受けた相続人の観点からみた対処法については、以下の関連記事を参考にしてください。